「銀行ローンなどの既存債務の軽減と新規融資の確保」についての提言

東日本大震災被災者の生活、事業再建のために

「銀行ローンなどの既存債務の軽減と新規融資の確保」についての提言

                                     

                   銀行の貸し手責任を問う会

                                                 事務局長   椎 名 麻紗枝 (弁護士)

 

 

  3月11日の東日本大震災で、多くの人が家族を失い、自宅や工場などの損壊を受け、また、農業、漁業も壊滅的打撃を受けました。

一刻も早く被災者に対して、生活再建を支援するさまざまな政策の立案とその実行が望まれます。

 私たち「銀行の貸し手責任を問う会」は、金融債務者の被害を救済する諸立法の制定に向けて活動してきた立場から、銀行ローン等の既存債務の負担を軽減するための対策と併せて、生活再建のために必要な新規融資を確保できる政策を次のとおり、提言するものです。

 

〈1〉大震災被災者の銀行ローンなどの既存債務の軽減について

  住宅、工場などを失ったにもかかわらず、銀行ローンが残り、これが被災者の生活再建の大きな足かせになっています。既存債務の免除、軽減は、被災者の生活事業再建にとって不可欠です。しかし、銀行に債務免除や債権放棄をしてもらったばあい、当然ながら、新規融資の道がふさがれてしまいます。それでは、被災者の生活再建、事業再建はできません。

 

① 債権買取機構の「債権買取」ならびに「貸出業務」

 これらの問題を解決する上で、アメリカの2008年法は、参考になります。

 2008年法は、サブプライムローンで自宅を購入した人の救済を目的にした法律です。この法律は、自己の居住に使っていること、2008年3月時において、ローンの返済が収入の最低31パーセントを超えることなど一定の条件にあるサブプライムローンの債務者に対して、そのローンを、フレデイマック、ファニーメイなどの公的金融機関に「時価」で買い取らせ、債務者には、これらの会社が買い取った額で新たにローンを設定するというものです。この法律の特徴は、ファニーメイなどが、債権を買い取った場合に、債務も減額された上、債務者の資力に応じた融資があらたに設定される点が、日本の整理回収機構の債権買取と基本的に異なります。整理回収機構は、銀行という性格づけがされていますが、貸付業務は行わず、回収業務だけしか行っていません。しかも、整理回収機構が、「時価」で買い取ったにもかかわらず、債務は、減額されません。

  そこで、大震災の被災者の既存のローンの債権を買い取る買取機構には、貸し出し業務も行わせます。

 

② 買取価額

  被災者に対する債権は、債務者の資力の有無を問わず、回収困難な債権とみなします。もし、債務者の無資力を要件とすれば、資力のある人は、既存の債務の返済を免れないことになり、結果的には、新規の借入ができなくなるからです。

  整理回収機構では、銀行から買い取る債権が無担保債権であれ、担保付き債権であれ、回収原資は、担保物件だけとされ、債務者の資力は、買取価格の評価の対象にはなっていません。新買取機構も、整理回収機構の銀行から買い取るばあいの「債権買取価額」を基準にし、無担保債権は、一律1000円、担保付き債権のばあいは、担保評価額とします。

   したがって、銀行の担保にされていた土地建物などが消失してしまって無担保債権になったものについては、一律1000円で買い取り、担保とされた不動産が一部あるいは全部残っている担保付債権のばあいには、担保評価額で新買取機構が債権を買い取ります。いずれも、債務者の資力は評価の対象とはしないものとします。

 その上で、買取機構は、買い取った無担保債権については、債務免除をします。また、機構は、担保付き債権については、買取価額から1000円を引いた額まで債務を軽減し、その軽減した金額を新たに、債務者に債務者の返済可能な条件で、貸し付けます。もし、債務者が、銀行の担保にされていた不動産を保有する意思のない場合は、買取機構から、新たな借入をする必要はなく、その不動産を買取機構に代物弁済をすれば、それで債務はなくなります。

 

③ 債権買取機構の片面的拘束性を有する仲裁権限

  前記の2008年法は、サブプライムローンの債務者を救済するには大変優れていますが、その実効性に問題がありました。金融会社や債権者にサブプライムローンを売却することを強制できないため、これを適用されたケースは、皆無に近い状態だったのです。そのため、オバマ大統領は、2009年2月に、7兆円の公的資金を投入して、それを債権売却に対する報奨金にあてることにしたのです。

 被災者の債権買取でも同様の問題が生じます。無担保債権は、回収の見込めない債権として、一律1000円と法律で決めれば、買取価額について、銀行との調整は不要ですが、担保付き債権の買取のばあいは、一律の金額を決めるわけにはいきません。買取価額の算定および債務を買取価額から1000円引いた額に減額した上、これを債務者に貸し付ける手続が必要になります。

 買取価格を買い取り機構が、一方的に決めるわけにはいかないでしょう。債権者、債務者双方の言い分を聞いて、価額を決める必要があります。

 そこで、買取機構には、仲裁機能を持たせ、債権者債務者の双方の意見を調整させられるようにします。そして、買取機構の決定には、イギリスのオンブズマンのような「片面的拘束性」を持たせます。

「片面的拘束性」というのは、仲裁機関の提案に対して、債務者が同意したばあいには、金融機関はこれに対して従わなければならないというものです。

 銀行と債務者とのように、知識、情報はもちろん、交渉力においても力に大きな格差がある当事者間の紛争には、片面的拘束性を持たせる仲裁機関でないと、解決は困難だからです。

 

④ 債務減免及び買取手続

 債務の減免は、まず債務者から買取機構に申立をします。

無担保債権については、買取価額は一律1000円と決まっているので、買取機構は1000円で債権を買いとり、債務者に対しては、債務免除を行います。

  担保付き債権については、新買取機構は、担保物件の評価についての専門家の意見をもとに、債権者、債務者の意見を聞いた上で、価格を決定できることにします。債務者は、その価額に不満であれば、その決定に従うことはありませんが、債権者は、債務者が、その決定を受け入れたばあいには、その価額で債権売却に応じなければなりません。買取機構は、買い取った価額から1000円を引いた金額まで債務を免除します。

 

 ⑤ 買取機構の貸し出し

  買取機構は、一部免除された既存債務、つまり、金融機関から買い取った金額から1000円を引いた金額を新たに債務者の資力に応じた条件で貸付けます。これは、債務者が、既存債務の担保が設定されていた不動産を保有したいと考えたばあいです。もし、保有する意思がなければ、前記のように不動産を買取機構に代物弁済することにより、既存債務は、なくなります。

 

〈2〉新規融資について

  民間金融機関からの借入が困難な被災者に対しては、機構が、資金使途や債務者の事情などを考慮して、生活再建、事業再建資金を貸付けます。

 

〈3〉国は、この機構のために、公的な資金を投入する。

 

〈4〉課税などの扱い

 被災者の債務が、免除・軽減されても、免除益には課税しないことにします。

 また、買取機構に債権を売却した銀行は、ノンリコースローンにおけるのと同様の回収しか得られないことになりますので、債権売却した銀行には、無税償却および報奨金を与えるなどの支援をします。