二重ローンで破綻する人生(「AERA」アエラ2011.7.4号)

■「AERA」アエラ2011.7.4号 二重ローンで破綻する人生

得するのは銀行だけだ

震災で家族や財産を失ったうえ、返しようがない借金が残る。
債務から逃れる道は自己破産だけ。それが日本の現状だ。

黒煙を上げて燃える店を大杉繁雄さん(64)は呆然と眺めるばかりだった。還暦を機に、人生の集大成として建てた料理屋は、銀行ローンだけ残し燃え尽きた。

岩手県山田町。入り江から200メートルほどにあった三陸味処「三五十(みごと)」は街一番の繁盛店だった。3月11日も宴会の予約があり、仕込みの真っ最中に地震が起きた。確定申告で宮古市の税務署にいた大杉さんが町に戻った時には、店は津波に流されていた。

翌朝、JRの線路に引っかかった店舗を見つけたが、瓦牒を伝って広がる火の手になすすべはなかった。

借金がなければ・・・

家族が無事だった幸運をかみしめたのもつかの間、経済的不安が追い打ちをかけた。

「返済は2年ほど待ちましょう」岩手銀行の担当者はそう言いながら「金利は入れてくださいね」と念を押した。

日本政策金融公庫からの借り入れと合わせると残債は6200万円。利息だけで月15万円になる。土地は残ったが建築規制区域に指定され、資産価値はゼロに近い。もはや店の再建は絶望的。やむなく被災を免れた自宅で「仕出し屋」を始めた。

「避難所の食事など需要は厨房器具を揃えたいが無理です。借金がなければ思い切って事業にとりかかれるのに」

宮城県気仙沼市で建築・内装業を営む高橋和志さん(54)は工場を流され2億円の債務が残った。

「従業員をどうするか、再開にどう道筋をつけるかで頭はいっぱい。返済のことなど、いま考えられませんよ」

瓦牒から工具を拾い出し、洗って磨いて仕事を探す日々。会社の借金は個人保証している社長の高橋さんにのしかかるが、払いようもない。返済どころではなく、仕事を再開させるには、新たな融資が必要になる。

金融庁によると、東日本大震災で直接の被害を受けた地域で金融機関の貸し出しは総額2兆8千億円。大企業・中堅企業向け融資が1800億円、中小企業向け1兆4300億円、住宅ローン9400億円、その他自治体向けなどが2300億円。融資件数や人数は「調査していないのでわからない」(金融庁銀行第二課)と言うが、住宅ローンや中小企業向け融資は合わせて2兆4千億円程度。仮に一人あたり融資額を2千万円程度とすると、約10万人が財産を失い、借金だけ残る計算だ。救済融資を受ければ「二重ローン」の暮らしが待っている。

借金返済だけの30代

二重ローンの問題が社会問題化したのは阪神・淡路大震災だ。

「阪神・淡路大震災の時も救済策が議論されましたが、債務減免の話はまとまらなかった。結果、債務者に自己破産や自殺が多発した。今度こそきちんとした仕組みを作るべきです」(辰巳裕規・兵庫県弁護士会副会長)

神戸市須磨区で靴のゴム底加工工場を営んでいた豊村和正さん(48)は、震災から15年以上たったいまも二重ローンを抱えたままだ。

16年前、突き上げるような揺れでI階がつぶれた。隣の長田区から火が来て、半年前に2千万円の融資を受けて建て替えたばかりの自宅兼工場は燃えた。廃業するしかなかった。避難所、仮設住宅、市営住宅と転々とし、緊急災害復旧資金融資500万円、生活復興資金貸付金350万円を借りて食いつないだ。自宅兼工場の返済が月26万3千円。災害復旧資金融資は10年据え置きだったが、生活復興資金の返済は翌年から月6万2千円。昼は新聞のトラック配送、夜はマットエ場。月32万5千円を返済するため睡眠を削って働いた。15歳上の兄は無理がたたり1999年に死亡。

そこまでしても元の事業を復活できたわけではない。兄は生前、神戸市のアンケートに「元の自営業に戻りたい」と書いた。震災の時31歳だった和正さんは、婚約者との結婚を40歳まで先延ばしして、30代のすべてを借金返済に費やした。 

辰巳さんの元には自己破産した被災者がしばしば訪れる。7千万円の借金を残し店が倒壊した八百屋、自宅を再建したものの返済に追われ妻が鬱病になった共働きの夫婦……。負債を抱えたマイナスからのスタートは、収入滅や家族の病気などを引き金に被災者を破産へと追い込む。

「物件とローンは別」

「理不尽な負債」は震災によるものばかりではない。会社員のHさんは購入したマンションが耐震偽装物件だったばかりに債権回収業者から約4800万円の返済を追られている。

2005年にヒューザーが売り出した神奈川県藤沢市のマンションを買った。東京三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)の提携ローンが付いていたので5千万円、20年払いのローンを組んだ。1回目の支払いをした直後、耐震偽装が発覚。入居3週間だというのに藤沢市から退避勧告が出た。マンションは取り壊され、区分所有の土地代金1477万円がHさんに戻った。しかし土地は担保に入っていたため、代金は銀行が押さえ、残る約3500万円の負債を巡って交渉が始まった。

「ヒューザーと提携してローンを売った銀行に責任はないのか。編されたのは私も銀行も同じだ」 そう主張するHさんに銀行は、「物件とローーンは別。当方に責任はない」

返済に応じなければ給与を差し押さえると迫り、銀行子会社の債権回収業者がHさんを東京地裁に訴えた,今年3月に出た判決は、銀行側の主張を全面的に認め、元金に年14%の延滞金利を上乗せして支払うことを命じた。消費者金融並みの延滞金利のおかげで銀行は、争いが長引くほど回収額が膨らむ。

「何も悪いことをしていない私が耐震偽装の責めを負い、銀行は焼け太る。日本の制度は銀行に有利にできていることを思い知らされました」(Hさん)

いつ給与が差し押さえられるか、戦々恐々とする日々が続く。

減免者には融資不可能

融資は貸し手と借り手が合意して成り立つが、天災など不測の事態でも弱い立場の債務者が責任を問われ、銀行は取り立てる。債務者が過剰な責任を負っている現実は金融行政の怠慢、というしかないが、今回の震災を機に金融庁も動き出した。

「震災被害は債務者の責任ではないのに、借金の返済を免れるには今の制度では自己破産しかない。早急に債務減免のルールが必要です」(金融庁担当者)

国会でも救済制度を整備するために民主党、自民党、公明党の3党協議が始まった。

だが、ここでも障害は銀行だ。「安易な債務減免は不良債権を増加させ、株主代表訴訟の対象にもなりかねない」と銀行は抵抗する。さらに銀行には、債務減免した借り手には新規の融資を行わない、という原則もある。借金を減額されても、融資から締め出されたら中小企業は生きてゆけない。

金融庁が検討している案は、①銀行と債務者が減免を協議②不動産鑑定士らで作る第三者機関が減免の目安を裁定する③銀行・債務者の双方が合意すれば決定、という段取りだ。「双方の合意」が条件になると、銀行がイヤだといえばまとまらない。合意したければ債務者は銀行に歩み寄るしかない。

「銀行の同意を条件とする限り実効性のある債務減免は期待できません。第三者機関の裁定を一方の当事者が了解したら実行できる仕組みにすることが必要です」(楠本くに代・金融消費者問題研究所代表)

日本弁護士連合会は5月、震災債務者の救済案をまとめた。①裁定に拘束力のある特別調停機関を設ける②「債権買い取り機構」を作る③買い取り価格は調停機関が決めた金額に従う④借り手は減額された債務を分割して支払う。これでもまだ問題は残る。債務減免を受けた被災者が新規融資を受けられない恐れが残るからだ。

金融被害に長年収り組んできた椎名麻紗枝弁護士は、融資機能のある「機構」を提案している。サブプライムローンが問題になった米国でオバマ政権が打ち出した手法だ。機構の買い取り価格と同額で債務者は自分の債権を買い取ることができる。この時、機構から同額の融資を受ければ、借り手は債務の減免も受けられ、「不良債務者」のレッテルも貼られずに済む。

過剰な債務で苦しんでいる人たちの周辺では、さまざまなアイデアが検討されている。そうした現場の声に政治が耳を傾け、銀行優位にできている今の仕組みをどう変えるか。震災は問いかけている。

編集部 山田厚史