■毎日新聞2013.02.28付 毎日新聞社会部「保証人社会を問う」取材班
自宅競売の危機 心労に
父に頼まれ知人に協力 50代息子自殺
担保提供 残る抜け道
父の知人の借金で自宅を担保に差し出した50代の男性が、自殺に追い込まれた。法制審議会は民法を改正し、第三者を保証人とする融資をなくす案を示したが、担保を提供するケースは対象外のため、今後も「抜け道」となって被害が繰り返される恐れがある。【伊藤一郎、井上英介 】
弁護士などによると、東京都内の男性は2006年、父から「一緒に知り合いを助けてくれないか」と頼まれた。知人に「会社の事業資金4500万円を信用金庫から借りるので、連帯保証人になってほしい」と懇願され、協力したいという。「おやじの頼みなら」。父は知人の連帯保証人になり、自宅を担保に。男性も妻子と暮らす自宅を担保提供した。
ところが融資から半年後、知人は姿を消した。調べると、会社は登記だけで実体がなかった。警察に相談し、詐欺容疑で信金と一緒に被害届を出すよう助言された。
しかし、信金は届け出を拒否。連帯保証人の父に4500万円の一括返済を迫り、担保とする男性と父の自宅の競売を申し立てた。
両親の年金と自分の給与で4500万円を用立てるのは無理だった。男性は信金に競売申し立ての取り下げを懇願し、担当者と交渉を重ねた。それでも状況は変わらず精神的に不安定になり、2008年12月、自ら命を絶った。
父はその後、債務を減らし分納することで信金と和解。自宅の競売は免れたものの、息子は帰らない。心身共に疲れ果て、約1年半後、胃がんを悪化させ他界した。
残された母(82)は夫が連帯保証で背負った債務を相続した。相続を放棄すれば自宅を失ってしまうため、苦渋の選択だった。今の債務は1800万円。年金から毎月5万円を返し続ける。「親思いの優しい息子だったのに、親のために無理をさせてしまって……」。自分と夫を責めては、言葉を詰まらせる。
融資に詳しい『HKコンサルティング』(東京 都中央区)の吉川智仁社長は「借金の融資は100万円単位の小口が中心。男性や父の不動産担保があったから高額な融資をしたのだろうが、第三者の担保があったことで安心し、融資する会社の審査がおざなりだった可能性もある」と指摘する。ごの信金は毎日新聞の取材に「法廷で和解した案件なのでコメントできない」としている。
男性側の代理人を務める椎名麻紗技弁護士は「民法改正の論議を機に、第三者を連帯保証人にする融資は減るだろうが、代わりに担保提供を求める融資が増える恐れがある。自宅のような生活基盤となる不動産を担保にした融資は行わないなど、新たなルールが必要だ」と話す。
【第三者の担保提供 】
融資を受けた人が返済でぎなくなった時、代わりに自分が家や土地などを処分して返済に充てるという契約で、「物上 (ぶつじょう)保証」とも言う。債務を全額返済する義務を負う「連帯保証」とは異なり、不動産を処分してもなお残る債務を返済する義務はないが、他人の借金で生活基盤を失い、自己破産に至るケースもある。
【写真・えとき】何一つ落ち度のない母。行方の知れない他人のためにお金を払い続けている =東京都内で27日、伊藤撮影