■『消費者法ニュース』<CONSUMER LAW NEWS>2011年7月 88号掲載

   銀行融資と回収の現状をふまえ、
    紛争解決のあリ方について

        筆者・弁護士(東京)椎名 麻紗枝(銀行の貸し手責任を問う会事務局長)

 銀行のリテールバンキングを変質させたバブル期の「大型フリーローン」

日本の大手銀行は、かつては庶民の預金を集め、これをベースに大企業に貸し付けていた。ところが、70年代半ば以降、大企業の銀行離れがすすみ、銀行は、新たな貸し出し先として、不動産業、建設業に対する不動産融資に目をつけた。多額な融資が行える上、高利の収益が確保できるからである。

 銀行の余っていた金が、不動産に流れ、地価は高騰した。 1990年3月、大蔵省も、銀行に対する世論の強い批判を受けて、いわゆる3業種(不動産業、建設業、ノンバンク)への融資規制を強めた。
 銀行は、上記3業種への融資に代わって、個人資産家への融資に狂奔した。本来借金の必要のなかった高齢者に、相続税への不安を煽り、相続税対策をセールスポイントにして、変額保険はじめ、株投資、ワンルームマンションの購入,ホテルなどの不動産共同投資、ゴルフ会員権、さらにはクラシックカーなどさまざまな商品の購入を提案して、高額な融資を押しつけたのである。それに使われたのが、資金使途自由な大型フリーローンである。大型フリーローンは、80年に住友銀行が始めたものだが、83年以降、他の銀行も、競って売り出し、その販売件数は、100万件を超えた。
 85年には、融資限度額が、5000万円だったのが、87年には3億円まで高額化された。大型フリーローンは、不動産の担保さえあれば、年収は度外視され、年金暮しの高齢者にまで、億単位の貸付が行われた。過剰融資は、貸金業規制法13条で禁止されていたにもかかわらず、銀行融資には貸金業規制法が適用されないのをよいことに、過剰融資が公然と行われ、大蔵省も黙認していた。
 大型フリーローンによる融資の共通点は、①過剰融資、②高齢な債務者、③銀行による押しつけ提案融資である。バブル期に、銀行は変質したと言われるが、大型フリーローンこそは、銀行の従来の住宅ローンなどの実需中心の融資から、大規模な消費者金融にのめり込ませるもとになったものである。
 当時、富士銀行(現みずほ銀行)の営業本部から、全国の支店に、「全預金者を債務者にせよ」という指示書が出されている。ノンバンクの審査担当部も、銀行の個人向け消費者金融へのオーバーヒートぶりに対して、「サラリーロー ン業界が過剰融資に走った82年83年に時代が逆行したようだ」と批判しているほどだ。

 銀行性善説に立つ金融行政の転換を

 91年3月に、全国銀行協会連合会も、「銀行は従来より、融資の資金使途確認と過剰融資の排除に努めてきたが、その徹底が不十分であり、結果として社会の批判を招いたという事実は、率直に受け止め、改めて融資の基本原則として、「社会公共性」「安全性」「収益性」を融資の基本3原則との再確認を行った。
 大手銀行の頭取も、国会での参考人招致の際には、バブル期に提案融資を行った事実を認め、これらの債務者には、返済ができなくなったからといって、競売にかけるということはせず、誠意をもって話し合いに応じたいと答弁しながら、実際には、返済できなくなった高齢者に対して、情け容赦なく自宅などを競売にかけてきている。
 「銀行の貸し手責任を問う会」は、96年に会が発足して以来、大蔵省、金融監督庁、金融庁など金融機関の監督庁に、過去15年にわたり、合計100件をこえる被害の実例を訴え、その都度、銀行に対する業務改善命令の発動を求めてきた。
 ちなみに、裁判所の競売停止決定を得るには、勝訴の可能性の疎明のほかに莫大な保証金の供託が求められる。競売を申し立てられた債務者にそのような資金を用意できるはずもない。そのため、金融行政当局に業務改善命令を出させて、銀行に競売を取り下げさせるしかないと考えたからである。
 その結果、多くのケースで、銀行は競売の取り下げには応じたが、抜本的な問題解決は先送りになってきた。
 金融行政当局も、貸金業規制法の立法時には銀行改善説に立っていたとしても、これだけ多数の被害実例の報告を受けて銀行の実態を知った以上、銀行改善説に与することはできないはずである。それにもかかわらず、銀行融資についての法的規制は、いまもって、旧態依然、手つかずの状態におかれたままである。のみならず、金融自由化の名の下に、規制緩和が大幅に推進され、変額保険と類似する投資信託までが、銀行の窓口で販売されることになった。幾人もの変額保険の被害者が自殺に追い込まれたのにである。

 銀行の融資および回収についてのありかた

(1)金融債務者保護法


 銀行取引を含め、金融取引において、金融債務者を一元的に保護する立法が、急務である。この法律の中核の思想は、債務者の自己決定権の十分な保障である。バブル時に銀行が大型フリーローンの融資において、詐欺的セールストークや不招請勧誘が行われ、債務者の自己決定権が著しく侵害されたという現実を踏まえて、銀行融資についての規制も検討されるべきである。
 さらに、しばしば銀行の優越的地位の濫用が行われても、債務者はこれを拒否することが難しい。銀行の優越的地位の濫用を禁止するための実効性ある措置が必要である。
 なお、この立法の対象は、中小企業も含める必要がある。
 金融機関と中小企業との間では、金融に関する知識、情報、交渉力などに大きな格差があるし、とりわけ、中小企業の場合、銀行融資とセットにしたさまざまな金融商品の購入を強制されても、これを拒否する自由はほとんどないのが実態だからである。

(2)債権法の改正

 現在、民法(債権法)の改正が議論されているが、法改正にあたってば、債権者の立場からだけではなく、債務者保護の視点に立った法改正でなければならない。
 中でも、連帯保証制度の抜本的改正はもちろんであるが、それとならんで貸付金の債権譲渡にあたってば、債務者の同意を要件とする必要がある。債権の流動化を促進する側からは大きな抵抗が予想されるが、アメリカでもサブプライムローンの問題を契機に、貸付債権の譲渡にあたっては、債務者の同意を要件とすべきだという議論も起きており、わが国でも、債権の流動化を、一律に認めるべきではない。

(3)過剰債務の解消と新規融資
 
中小企業や個人の金融債務者の再建をはかるには、過剰債務の解消と新規融資が不可欠である。
 しかし、わが国の銀行実務では、破産はもちろん、任意整理でも、債務の一部免除が行われれた場合、銀行からの新規の融資はまず受けられない。新規の融資を受けて生活や事業を再建したいと考えても、新規の融資を受けられないとそれができない。
 私は、2009年2月にアメリカのオバマ大統領が発表したサブブライムローン問題に対する政策は、ひとつの参考になると考えている。
 アメリカでは、サブプライムローンの債務者に対する救済として2008年6月にHousing and Economic Recovery Act
of 2008(HOPE for Homeowner Act of 2008)が成立した適用例はほとんどなかった。
 同法は、フレデイマック、ファニーメイなどの政府がスポンサーになっている会社に、サブプライムローンを「時価
」で買い取らせ、債務者には、その買い取った額であらたにローンを設定するというものであり、過剰債務が債務者の
返済能力に見あった額に軽減されるから、サブプライムローンの債務者にとっては、生活再建が可能となる。しかし、
債権者には、債権を時価売却するメリットがないため、適用例がほとんどなかった。
 そのため、オバマ大統領は、金融機関に報奨金を出すことによって、売却を奨励するために、その報奨金等にあてる公的資金として、7兆円を役人することを決定したのである。
 岩手・宮城・福島の被災3県沿岸部(39市町村)での金融機関の貸付残高は、中小企業向けが1兆4300億円、住宅ローン債権の残高は7560債円とされる。東日本大震災の被災者の場合は、自宅などの建物が残ったとしても、担保価値は震災前より、はるかに減じてしまっている。
 これらの債権を国が「時価で」金融機関から買いとったうえ、被災者に債務免除をしても、国の負担は、オバマ大統 領の予定している7兆円よりはるかに少ない額で済む。担保付債権を国が時価で買いとったうえで、国が買いとった価格に既存債務を減額し、それをそのまま被災者に貸付けることにしたらどうであろうか。
 被災者は、銀行から債務免除や債務軽減してもらうわけではないから、あらためて銀行から、新規融資を受けることは可能であろう。
 この場合、金融機関にはどうしたら債権売却に応じさせるかである。そのためには、オバマ大統領の政策のように債権売却した金融機関等には、税制上の優遇措置を与えることや、報奨金などを与えるなど、金融機関のインセンティブを高める制度を用意する必要がある。

(4)金融紛争解決機構の設置

 日本の民事裁判制度では、債務者の立証責任が過重のため、債務者が勝訴するのは困難である。また、債務者が話し合いによる解決を望んだ場合には、調停あるいは仲裁があるが、これらは、いずれも当事者の合意があってはじめて話し合いが成立する。そのため、裁判所の調停でも、金融機関とのトラブルについては、成立件数が2割しかないのが現状である。
 これを改善するにはイギリスのオンブズマンのように、片面的拘束性を認めた新たな金融紛争解決機構の設置が必要である。