金融審議会第一部会中間整理についての意見書
 

金融サービス法案制定の遅れについて

   東京都千代田区永田町2−17−10
   サンハイム永田町404.50 1
   椎名麻紗枝法律事務所気付

   銀行の貸し手責任を問う会
   代表  森 静朗

1、はじめに
==銀行の貸し手責任を問う会は、バブル期の銀行による押し付け過剰融資の犠牲と なった被害者の救済と、あわせて再びこのような被害を生み出すことのないよう「銀行 取引消費者保護法」の制定を目指して、96年3月に、結成された。この会は、主に、学者> 、研究者、弁護士および金融被害者で構成されている。 これらの銀行被害は、過剰融資による被害という点では、サラ金被害と共通 した点もあるが、サラ金に対しては、貸金業規制法13条で、過剰融資は禁止されているのに、銀行に対しては、これを規制する法律がないという法的規制の不備が、銀行被害を増大し、かつ深刻化したことを、はじめに指摘しておきたい。
すなわち、バブル期に、貸出先の確保に躍起となった銀行が、借金の必要のなかった高齢者に相続税の不安を煽り、さまざまな資金使途を提案し、借金を勧め、バブル崩壊> 後、借金の返せなくなったこれらの人に、銀行が自宅等を競売にかけるという状態が続出しているのである(注1)
 バブル期の銀行被害は、サラ金被害が比較的若年者が多いのに対し、圧倒的に高年齢者が多いことである(注2)
若ければ、人生をやりなおしすることも可能だが、銀行被害者のばあい、高齢のため、生活を再建する余力も時間も残されてはいない。さらに大きな違いは、サラ金とは違い、銀行が借金を必要としなかった人に使途まで提案して貸し付けを強要していることである(注2)
 また、銀行被害のばあい、被害金額が高額である。多くの被害者は、数億円という高額の被害のため(注2)、精神に異常をきたしたり、あるいは家族崩壊にまでいたるケースも珍しくはない。
 なによりも、銀行被害者の救済と、このような被害を再び生み出させないための金融消費者保護法の制定は急務なのである。
==96年11月に、金融ビッグバンが宣言され、金融分野全般にわたる規制緩和が大幅に推進されることになったが、金融ビッグバンの先進国である英国とは異なり、我が国> では、消費者を保護するための措置は講じられなかった。
 しかし、周知のように、バブル経済の崩壊を機に銀行の過剰融資による被害が多発したのは、金融取引なかんずく銀行取引に消費者を保護する規制が整備されていなかったからであって、規制のないままさらなる金融自由化に突入するならば、その被害ははか> りしれない。
 97年12月から、その第一陣として、銀行での投資信託の窓口販売が解禁となったが、金融消費者保護法の立法化は、置き去りにされたままであった。
 80年代後半から90年代はじめに、一時払い変額保険が、リスクの情報が十分に開示されないまま、銀行の信用と看板をもとに、バンクビジネスとして銀行によって大量 に売り出され、多くの被害者が生み出された反省にたてば、一刻も早いこれらの被害者の救済と今後このような被害の抜本的予防のための、金融消費者保護法の制定は不可欠なのである。
 しかし、政府は、その後も金融業務分野規制の撤廃、金融持ち株会社の解禁、98年には金融制度改革法の制定など金融市場改革に向けた体制の整備は急ぎながら、金融消費者保護法の立法化には手をつけようとはしなかった。
==やっと99年7月6日に、金融審議会が、第一部会中間整理(第一次)(以下中間整理という)を発表したが、中間整理は、98年8月に、「21世紀を見据え、安心で活 力ある金融システムの構築に向けて、金融制度及び証券取引制度の改善に関する事項について審議を求める」という大蔵大臣の諮問をうけて作成されたものであり、従来の制度改善が検討課題であった。法改革の立場に立って金融サービス法を審議の対象としたものではなかった。蝋山第一部会長の巻頭言にあるように、金融サービス法は審議の中で視野にいれるという位 置づけでしかなかった。 また、中間整理は、取引のルールについていくつか提言しているが、しかし、取引規 制を考える上で、過去に多数起きた具体的被害の検証は不可欠である。被害を検証することによって、どのような取引規制がなされていれば、このような被害は防げていたか> を究明することにより、なによりも必要な取り引き規制を見いだしうる近道だからである。
 しかし、残念ながら、中間整理には、バブル期における金融機関のあり方を厳しく検証しようとする姿勢はまったく見受けられず、かえって、中間整理は、「取引ルールを明確化することは、利用者のモラルハザードの発生を防止すること等を通 じて、業者に対し、安心して取引を行うことを一層可能にするという側面もある」と述べるなど、金融機関に対するよりも、利用者(消費者)に厳しい目をむけている。
 以下に、中間整理の基本的な問題点と、あわせて、今後検討されるべき課題について> 意見を述べたい。

2、中間整理の基本的考え方について
(1)金融取引における消費者理念の確立 中間整理の大きな問題は、金融取引の当事者の一方を消費者ではなく、利用者と して捉え、利用者をプロとアマに分けようとしていることである。すでに、世界の趨勢は、現代における金融取引の実際を踏まえた当事者像として、金融取引ににおける消費者理念が確立され、金融取引においても、売り手注意を原則とする消費者保護法が制定されているのに、中間整理は、「買い主注意せよという私法上の原則を一部修正し、売り主も注意せよとすることが適当なばあいが考えられる」とするにとどまる。
 中間整理が、金融取引において消費者理念をとりきれずにいるのは、諮問が従来の金> 融取引の制度改善ということにあるため、旧来の民法、商法の古典的な当事者概念に縛> られていることにも一因があると思われる。 現代の高度に発達した資本主義社会にあっては、企業が専門性、組織性を有するのに対し、消費者は、==財貨あるいは役務を取得、あるいは使用する者で、その取得、使用が職務のためになされるのではないと定義づけられるように、消費者は、専門性もまた組織性も有せず、消費者は、常に消費者の立場におかれ、事業者と立場を交換することはない。 したがって、当事者の関係について、互いに、交換可能な立場を予定している民法は、企業との関係で不平等な立場にある消費者の利益を十分に保護することがで> きない。事業者の活動は、利潤追求を目的としており、この目的上、商品についての安全性を無視しやすいのに対し、消費者は、商品の危険性を十分に判断しうる能力に乏しいからである。 消費者契約において、消費者は、実質的には契約内容を決定する自由をもたない という点において、労働契約における労働者の労働の自由と類似する。
 労働契約が古典的な契約関係の理論で律せられないのと同様、消費者契約においても当事者の実質的平等とその生存を実現することを主眼に問題として捉えなければならないことを意味する。
 司法の場では、法と現実の乖離を架橋するために、社会的弱者である消費者を保護するための法理として、民法の一般 条項である信義則、権利濫用、公序良俗の法理の適用が試みられているが、なお不十分であり、立法的解決が待たれているのである。
 従って、21世紀を展望した金融サービスのあり方を提言することが期待されている金融審議会としては、19世紀の古典的当事者理念を捨象して21世紀を見据えた金融> 取引における当事者理念を導入すべきである。
(2)プロとアマの概念の不当
 中間整理は、消費者という理念を導入せず、利用者に置き換え、さらに利用者をプロとアマに分けている。中間整理は、利用者の自己責任を厳し問う論理として、この分 類を導入したが、なぜこのような分け方をする必要があるのか、疑問である。
 自己責任は、自己決定権にともなう責任である。十分な情報開示がなされず、あるいは、虚偽の情報が伝えられ、自己決定権が侵害されたばあいは、自己責任は生じない。
 プロであれアマであれ、その論理に差異が生ずるものではない。ただ、情報や経 験知識の多寡によって、説明義務の範囲の程度が異なってくるだけに過ぎない。
 さらに中間整理はアマからプロへの転換という制度を導入しているが、説明義務などいくら取引を規制しても、プロへの転換はこれらの規制を免れる脱法手段として使われ> るおそれもあるし、当然、消費者と金融機関などとの間で、プロ転換の有効性をめぐってトラブルが多発するであろう。
 中間整理が、プロについて、金融機関、適格投資家、商法特例法の会社を想定しているのだとすれば、なおさらこのような分け方を導入する必要はない。
(3)適合性の原則  中間整理は、広義の適合性原則として、業者が利用者の知識・経験・財産力・投 資目的に適合した形で勧誘あるいは販売しなければならないことを認めながら、これを業者ルールとして、私法上の効果 には直接連動させるものでないとするもののようであるが、これは大きな誤りである。私法上の効果 あらしめないかぎり、消費者にとって公平ではないし、また法的規制の実効性も担保されないからである。
 例えば、消費者の収入や資産に比して過剰な投資や過剰な融資を勧誘したばあ い、これはあくまでも業者ルールに違反したものであるとするだけで足りるものではない。
 過剰な投資、過剰な融資は、その債務者の生活の基盤である家、不動産を奪い、さらには家庭を崩壊させ、最悪のばあいには自殺まで追いやるなど、その債務者の生活あるいは生存すら脅かす結果 を招来することは、過去の被害実例からも明らかである。過剰> 融資については、返還請求を認めないとした判決もある(注3)
  その理由は、債務者の返済能力の調査や判断に重大な誤りがあった業者が、法の力を借り、債務の金額の返> 済を求めのは信義誠実の原則に反し、権利濫用にあたるというものである。
 大蔵省銀行局内貸金業関係法令研究会も、貸金業規制法13条が過剰貸付を禁止した趣旨は、利用者が後日返済のための過剰な負担に苦しむことになり、また貸金業者の側からみて、債権内容を悪化させ、経営不振を招き、ひいては強硬な取立に走るなど、重大な問題を惹起する要因となるからであると説明している(注4)
 過剰融資の禁止は、たんに業者の事業の経営を危うくしないための配慮というの ではなく、むしろ、債務者の生活を破綻させないことが主眼なのである。

3、課題
==取引の規制 ==
  不招請勧誘禁止 80年代後半から、銀行の融資姿勢は、質的に変換した。従来個人顧客は、資金 吸収の対象でしかなく、個人への融資は、住宅の購入資金かあるいは老後の生活のためのアパートの建築資金ぐらいであったのに、80年代からの金融緩和・自由化政策によって、銀行の取引先であった大手企業が、市場からコストの低い資金調達が可能となったことから、企業の銀行離れがすすみ、貸し出し先に躍起となった銀行は、資金使途と年収についての厳格な審査基準をもとに融資するというこれまでの融資姿勢をかなぐり捨てて、ともかく不動産さえあれば資金使途も問わず、年収も度外視した大型フリーローンの導入による融資を競った。
 銀行は、借金の必要のなかった人に、相続税に対する不安を煽り、さまざまな提 案融> 資を行った。その代表的なものが、変額保険であり、不動産共同投資である。当時の銀行の融資勧誘の手口は、注1の銀行被害者による「怒りの手記」に詳しく書かれている。
 個人向け融資であっても、住宅ローンのばあいは、借りてが、住宅の購入を希望して、自己の年収などをもとに、返済可能な金額の借り入れを、銀行に申し込むのが一 般的であるが、前述の銀行被害のばあいは、まったく逆で、資金使途から、借り入れ金の元利金の返済方法まで、すべて銀行が提案しているのである。住宅ローンも、今日の経済の不況から、失業などで返済ができなくなるケースも 増えているが、大型フリーローンの破綻とは、比較にならない低い数字の筈である。住宅ローンは、消費者が借りることを意欲し、したがって、返済条件もみずから計算 して借りているのに対し、大型フリーローンは、資金使途ももちろん、元利金の返済まですべて銀行の計算において融資が行われた。ほとんどの被害者が、みずから銀行 に出向いて融資を申し込んだことがないのである。 英国では、このような不招請勧誘は、禁止されている。 日本においても、不招請勧誘が禁止されれば、被害は相当少なくなる筈であるから、このような押しかけ勧誘は、禁止されるべきである。

==信用保証委託契約締結の強要の禁止
 本来、信用保証は、金融機関が個人ならびに中小企業への融資にあたり、信用保 証協会もしくは他の信用保証会社から債務の保証を受けることであり、通常は、借り手にとってもメリットがある。なぜならば、信用保証は、大企業と違って、中小企業、個人の> 資金調達は、金融機関からの融資に依存しなければならないのに、金融機関への信用が低いため、借入が困難であることから、その信用を補完し、融資を円滑にしようという> ものだからである。この信用保証には、信用保証協会法にもとづいた全国に五○ある公 的信用保証協会によるもののほか、銀行などの金融機関の系列下にある信用保証会社やあるいは独立のノンバンクが金融機関と提携して、保証を行うばあいとがある。
 信用保証協会による保証には、厳しい要件がある。
 すなわち、保証を利用できる人は、「同一事業を同一場所で一年以上営んでいる中小企業の会社、個人およびこれらの人で組織する協同組合であって、農業、林業、漁業、金融業、不動産業、娯楽業等でない業種であること」が要件であるほか、資金使途にも厳しい審査がある。
 変額保険は、投資目的とみなされるからそのような融資に、信用保証協会の融資は得られない。銀行は、同行の系列下にある信用保証の保証にすることが多い。
 前述したように、信用保証は、債務者の信用を補完する制度であり、信用保証は連帯保証人などいないばあいに、行われるのが通 常である。
 大蔵省も、金融機関の関連会社が信用保証業務を行うにあたっては、物的担保以外に人的担保は徴しないものとする。また、金融機関は、信用保証を必要とする債務者に対し、自行が関連会社として設立した保証会社の保証を強制すること等のないよう留意するものとするとの通 達を出している。
 しかし、多くの事例では、妻や子どもを連帯保証人にさせている。
 銀行が、信用保証を付ける本当の理由は、もっぱら銀行の利益のためを目的としたもの> である。
 第一に、銀行は、当該融資は不良債権になるおそれが大であると考えて、その債 権の回収を系列の信用保証会社に代行させるためである。競売などの手の汚れる仕事は信用保証会社に代行させれば、銀行の手は汚れなくて済むからである。
 第二に、銀行は、将来顧客との間でトラブルが生じたばあい、顧客とのトラブルを信用保証会社に肩代わりさせるためである。すなわち、顧客からのクレームがあっても銀行は、信用保証会社から代位 弁済をうけているので、クレームは信用保証会社に言ってくれと、クレームの処理を同社に押し付ける一方、信用保証会社も、顧客からクレームをいわれても自分は銀行から代位 弁済請求を受け、代位弁済をしただけであるから、クレームがあれば銀行に言ってくれと取り合わない。現に、代位 弁済されたケースでは、銀行も保証会社も、消費者からのクレームから逃げ、責任をとろうとはしないことが多い。
 第三に、不良債権隠しである。
  銀行は、融資金が延滞したばあいには、信用保証会社に代位弁済請求をして不良 債権> を信用保証会社につけかえられる。いうまでもなく、信用保証会社が代位 弁済するための資金は、銀行からの借り入れである。経済評論家は、これを親からのミルクの補給と 評している。
 信用保証会社への支払保証委託はもっぱら、銀行の利益のためであり、消費者は何ら 利益は得ていないのに、信用保証会社に対する保証料は、融資金の中から払われている。もっぱら銀行や信用保証会社らを利するばかりの支払保証委託を、消費者の負担で契約させることは禁止されるべきである。
==過剰担保設定の禁止
 銀行は、貸付債権の確実な回収を目的として、債務者より担保を徴求する。銀行実務においては、債権回収のために、銀行が損失を招くことがないよう担保についての研究がなされている。
 しかし、担保設定の問題は、借り手にとっても借り入れ金の支払いが遅滞に陥れば、競売に付され、担保物件が居住する自宅のばあいには、自宅を失う結果 となるのだから、借り手の 側の視点からも担保設定の規制の問題は論議されなければならないのに、借り手の側にたった議論は、なされてこなかった。担保は、貸金債権の確保という一面 からのみ考えられてきたのである。
 ところで、大型フリーローンのばあい、融資金で購入した商品だけではなく、従来 から保有していた自宅等の資産についても、担保設定されている。
 そして、バブル崩壊後、銀行からの提案で、大型フリーローンの融資をうけた債務者は、借り入れ金の金利が払えなくなったいま、銀行から仮借ない競売申し立てをし、自宅を失うなど深刻な事態に直面 しているのである。
  銀行は、変額保険や不動産を安全だと勧めておきながら、その一方で、みずからの債権保全は債務者の負担において万全を期しているというのは、不公正な取引と言うべきである。
 このような担保設定は禁止されるべきである。アメリカにおいては、融資金で購 入し> た物ではないものに、担保を設定するばあいには、合理的な担保規制を行っている。参考にしながら、立法的解決がはかられるべきである(注5)
==金融欠陥商品の規制
 九○年代初めに、バンクビジネスとして売られた一時払いの変額保険は、金融被 害として未曾有の被害をもたらした。
 そもそも、変額保険は、投資信託と類似の金融商品であり、保険業法を適用させるのは、基本的に誤りである。保険業法は、保険契約において定められた保険金が、確実に> 支払われるために十分な準備金の確保がなされることを目的とした定額保険についての法規制である。変額保険のばあいは、これにあてはまらないからである。
  わが国では、変額保険に保険業法を適用させるという誤った法規制をおこなったうえ、さらに、融資と一体となった変額保険では、融資金の全額が運用されるわけではないから、仮に、九%で運用されても数年を経たばあい、融資金の金利の方が上回る計算になるのである。金利は融資金全額に対して付されるものであるうえ、通 常、金利も借入をして支払っているので、金利は月単位で複利で増大するからである。このように一時払い変額保険は収益性、安全性、流動性のいずれにおいても金融商品としてのメリットのない欠陥商品である。
 変額保険が深刻な被害を与えた教訓から、金融商品については、十分な規制が必要であると考える。
 金融ビッグバン以降、イギリスにおいても、膨大な金融商品があふれ、一般 消費者は、その中から適切な選択をすることは困難な状況となっている。コンシューマー・アソシエーションは、消費者は、他の商品とはことなり、金融商品の特質からその金融商品について最低の安全性についても確信をもてないのが現状であるとして、不良な金融商品は市場から排除されるべきであるとして、FSAに、消費者がリスク水準の最低基準を満たした物の中から選択できるように、金融商品についての厳しい規制を要請している(注6)

==規制に対する監督権限
  現在、金融機関を監督する権限は、銀行法、証券取引法、保険業法などで、金融 監督> 庁にあると定められている。中間整理でいうところの業者ルールなどの業法違反は、現> 在でも監督庁の監督権限に属している筈なのに、消費者が、金融機関の業法違反について申告しても、金融監督庁のホームページでも明らかなように、金融監督庁は、金融機関の経営の健全性についての監督権限しか有していないとして、これを取り上げない。
 たしかに、金融監督庁に、苦情の訴えは年間10、000件にのぼる(注7)というから、現在の金融監督庁の人員ではとうてい十分な調査はできないであろう。しかし、業者ルール違反はもちろん、取引規制違反について、これを監督し、是正させる権限についても、明確にしておかなければ、規制の実効性は確保されない。 規制に関する監督権限をもつ組織について、金融庁設置法ならびに金融庁組織令によって、その組織の目的ならびにその権限と役割と業務内容等を明確に規定しておかなければならない。

==紛争解決のための第三者機関の設置
 ここ数年競売が増加していることはよく知られているが、実は一般民事事件も爆発的に増加しているのである。
 東京地裁の民事部は、1昨年まではは、43部までしかなかったのに、昨年は、3部増設され、今年は、さらに4部増設している。2年で、民事事件を担当する部が、約17パーセント増大しているのである。このことを見ても、裁判のラッシュ状態がわかる 。
 銀行の貸手責任を問う会が、昨年、東京地裁の民事事件数を大手都市銀行と生保を中心に調査したところ、平成2年は、100件にも満たなかったのに、平成10年には、3、000件を超えている(注8)
 しかし、これだけ銀行などの金融機関との裁判が増大しているにもかかわらず、 この問題の解決は、決して十分なものではない。銀行に対して債務者勝訴した件数は、変額保険でも、数えるほどである。
 銀行同様、専門家を相手にした裁判としては、医療過誤訴訟がある。医療過誤も、証拠は相手方が独占しているという点では、銀行相手の訴訟と同一の困難性をもつ。しかし、金銭消費貸借より医療過誤の裁判のほうが分野も多岐であり、専門性もより高いといえる。
 しかし、医療過誤訴訟の勝訴率は、六割である。銀行相手の訴訟より、被害者の勝訴率は圧倒的に高い。その要因は、いくつか考えられるが、中でも、金銭消費貸借契約と変額保険契約とを切り離し、抗弁の接続を認めないことと、裁判所が契約書の書面 に表示されている内容を偏重し、取引の背景、契約諸状況などから借りての内心の意思を総合的に判断しようとする姿勢に欠けていることにも原因がある。さらに、医療過誤訴訟では、医療行為の内容を記したカルテや看護記録の提出が医療機関に義務づけられいるのに、金銭消費貸借の裁判では、銀行の業務日報はもちろん、融資の稟議書にいたるまで、内部文書であるという理由のもとに文書の提出が拒まれている。カルテや看護記録とちがって、稟議書や業務日報は、法律で作成が義務づけられていないということが大きな原因である。
 しかし、稟議書や業務日報は、医療におけるカルテや看護記録と同様に、金融機関の取引が適正におこなわれたかどうかを担保するものとして、金融機関に作成を義務づけるべきである。
==なお、裁判とならんで、調停制度があり、調停も増加しているが、調停の問題は、当事者の合意が必要であり、一方当事者が、拒否すれば調停は成立しない。最近の調停の成立件数は、低下していることが指摘されている。金融機関が、容易に合意しないということが原因である。 したがって、日本における司法の現状にたって、いま多くの金融被害者の問題を 早期に解決をはかるためには、イギリスのオンブズマン制度のように、調停案にたいして、債務者の側が同意したばあいには、金融機関のほうではそれを拒否できないという制度を導入した、第三者機関による仲裁制度の確立が強く望まれる。
 また、妥当な仲裁案が、提案されるためには、仲裁機関の構成が公正であることと、さらに、問題の解明のために、仲裁機関には、監督庁に認められている文書提出を求めることができる権限を与え、もし金融機関が提出を拒むばあいには、提出しないことにペナルテイを科すなどの強力な権限を付与することが必要である。

注1、銀行被害者に対するアンケート調査結果 (銀行の貸し手責任を問う会会報1号5頁以下)
注2、金融被害者の怒りの手記1、2(銀行の貸し手責任を問う会編)
注3、釧路簡易裁判平成6年3月16日判決
注4、貸金業法のすべて(大蔵省銀行局貸金業関係法令研究会編)
注5、米国における担保および融資の規制について(楠本くに代)
注6、イギリスのコンシューマーアソシエイションによる金融商品についての規制に関するレポート
注7、金融監督庁の金融機関に関する苦情受付についての受付、処理状況についての報告。

注8、銀行生保関連裁判件数の推移(銀行の貸し手責任を問う会調査資料)



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