『無法回収』「不良債権ビジネス」の底知れぬ深き闇(椎名麻紗枝・今西憲之共著、講談社、1700円)なぜ本書を出版したか&目次・著者プロフィール(ページ末尾)
   はじめに

 消費者金融業界に大きな変動が起きている。二〇〇二年に約二万七〇〇〇社あった貸金業者は、二〇〇八年六月末現在、八二七二社にまで減っている。約七割の激減である。灰色金利の撤廃、過払い利息の返還請求訴訟の多発などにより、かつてのような「サラ金業のうまみ」がなくなったからだ。
 そのため、大手消費者金融は、金融サービサー業務に活路を見出そうとして債権回収業務に参入してきている。カネを貸してその利息で儲けるのではなく、銀行など金融機関が持つ不良債権をできるだけ安く買い取り、可能なかぎり高い金額を回収して、その差額で儲けようというのだ。
 この債権回収業務を行う会社が、「金融サービサー」(以下、サービサー)である。
 「サービサー」といえば、カタカナの名前で聞こえはいいが、実態は「債権回収業者」、つまり「借金の取り立て屋」である。
 従来、債権回収という業務には、暴力団などの反社会的勢力が入り込みがちなため、弁護士以外は手がけることが許されていなかった(弁護士法七二条、七三条)。それが、日本のバブル経済崩壊後、金融機関が抱える大量の不良債権の迅速な処理という大義名分のもとに、弁護士法の特例として、一九九八年一〇月一二日に「債権管理回収業に関する特別措置法」(本書では「金融サービサー法」という)が制定された(一九九九年施行)。一定の条件のもとに、法務大臣の許可を受けて、債権回収を事業として行うことが可能となったのである。
 ただし、サービサーの業務は、法律制定の所期の目的から、あくまで金融機関の不良債権の回収にかぎられた。
 金融サービサー法の施行後、法務大臣の許可を受けたサービサーは、一一三社(二〇〇八年ハ月現在)。法施行時の一九九九年の取り扱い件数は一五万件。それが二〇〇七年六月末には四九五五万件と急激に増大し、取扱債権額の総計も二〇七兆円にのぽる(法務省発表)。回収額は、二一兆四一一五億円。もはや、国内最大手のトヨタ自動車の国内販売高に匹敵する事業になっている。
 
 天井知らずの「利息」
 
 さて、サービサー各社は、その出資母体別に「外資系」「銀行系」「ノンバンク系(信販、貸金系)」「独立系」、さらに「整理回収機構」(以下、RCC)に分けることができる。金融サービサー業務に参入した会社は、法施行時の一九九九年から翌二〇〇〇年までは、外資系がトップであったが、二〇〇一年からはノンバンク系がその数で逆転している。その理由の一部は、冒頭に書いたとおり、消費者金融をめぐる地殻変動にある。
 しかし、サービサーがこれだけ増えたのは、なにより、不良債権回収ビジネスが「儲かる商売」だからにほかならない。
 「国策会社」であるRCCを例にとってみよう。
 RCCは、銀行から無担保債権を一律一〇〇〇円で買い取り、二〇〇四年九月末までに六三四
ニ件買い取って、なんと計一一二億円を回収している。ニ○○五年二月一六日の衆議院予算委員会で、中津川博郷議員が、RCCの厳しい取り立ての実態を追及した際に、金融庁の佐藤隆文監督局長が答弁して明らかにした数字だ。
 わずか六〇〇万円の元手で一一二億円もの収益を上げられる企業が、日本のどこにあるであろうか。
もともと回収の見込みがないから、「不良債権」になったはずのものである。にもかかわらず、なぜ、これほどの利益を上げることができるのか。
 その最大の理由は、貸金業の場合、貸金(投下資本)の回収には「金利の制限」があるのに対し、サービサーには、投下資本の回収にいっさいの法的規制がないことにある。いくら二束三文で買い取った債権でも、額面どおりに全額回収することができるのだ。
 仮にサービサーが、一億円の債権を一万円で買い取って、債権額の一割を回収できれば、投下資本の一〇〇〇倍を回収できたことになる。「金融サービサーは、三日やったらやめられない」ともいうが、安い元手の投下資本で、元手の何十倍、いや何千倍もの回収を行うのは明らかに暴利行為だ。これが規制されないのは不当だ。
 
 債権回収の悪辣な手口
 
 いくら債権額までは回収可能だとしても、回収する相手は、いわば銀行が回収をあきらめた「不良債権」の債務者である。どうして、そのような債務者から巨額な回収ができるのか。
 もちろん、債務者は、すでに銀行から担保不動産を「任意」売却させられたり、競売にかけられたりして、身ぐるみ剥がれた状態にある。言葉は悪いが、サービサーが貪(むさぼ)ろうにも血も肉も残っていない$lや企業である。だから、サービサーが目をつけるのは、銀行の厳しい取り立てから免れている「連帯保証人」である。
 銀行は、時間とコストがかかるために、連帯保証人から強制的に取り立てることはしていない。連帯保証人から取り立てるには、連帯保証人に裁判を起こして判決を得なければならない。しかも、費用と時間をかけて連帯保証人に裁判を起こしたところで、それに見合う回収が見込めるかどうかもわからない。
 そのため銀行は、無担保債権を「ポンカス債権」と称してサービサーなどに売却して、オフバランス化(賃借対照表から切り離すこと)するわけである。銀行にとって、「ポンカス債権」を抱えていても、意味がないどころか、償却引当金を積み立てておかなければならなくなるなど、逆に負担のほうが大きいからである。
 こうして銀行から、「ポンカス債権」としてただ同然で無担保債権を買い取ったサービサーの回収は、いきおい銀行の取りこぽした連帯保証人に対する取り立てが中心になる。
さらに悪質なのは、「企業再生」と称した企業乗っ取り≠ナある。
 「ポンカス債権」の山の中にも、「お宝」が埋もれていることがある。債務は過大だが、企業そのものは優良企業で、多少の資産も残っており、債務整理ができれば将来性が見込めるケースなどだ。外資系や銀行系サービサーは、そのような「優良企業」に対しては、大口債権を買い取り、企業のM&Aのノウハウを活かして、「企業再生」と称した企業乗っ取りの手法を使うことになる。
 「株主」ならぬ「債権者」による企業乗っ取りである。
 二〇〇五年に起きたライブドアによるニッポン放送株買い占め事件で見られたように、通常、ある企業を支配下に置くためには、過半数の株式を保有しなければならない。それには当然、多額の資金を要する。実際、ライブドアが株の買い占めに集めた金は、五〇〇億円とも八○○債円ともいわれる。
 それに対し、サービサーなどによる「債権買い取りによる企業乗っ取り」の場合は、株式の取得に比べ、はるかに少ない資金で済む。それに、非上場の株式会社の場合、第三者が株式を取得するのは難しい。そこでサービサーは、金融機関からごく廉価に債権を買い取って、大口債権者として、経営に介入する。要求を拒否すれば、「債務を一括返済せよ」と脅す。
 「それができなければ、法的手段に訴える」と言えば、たいていの企業は、言いなりになると踏んでのことだ。取引先に売り掛け債権の仮差し押さえをされたり、あるいは会社工場に競売を申し立てられたり、あるいは破産、会社更生の申し立てをされたりしたら、企業として存続することができなくなる。
 外資系や銀行系のサービサーは、ここに目をつけ、「企業再生」ならぬ「債務整理」を果たして、高額な価格で企業を売り飛ばす。
 一方、ノンバンク系は、本業で積み上げたノウハウをもとに、外資系が敬遠する少額の債権回収に力を入れている。
 なんといっても、サービサーは、「絞(しぼ)りかす」同然の債権から搾り取るのが商売なのだ。いずれのサービサーも、本業で培った手法を駆使して、銀行から安値で買い取った不良債権から巨額
な利益を出している。
 
 新たな市場開拓で金融サービサーが狙うもの
 
 しかし、ここにきて、メガバンクが抱え込んでいた不良債権も減少しつつある。そこで、最近では、サービサーの中には、地方の中都市に職員を常駐させて、地方銀行や信用金庫、信用組合などの中小金融機関の不良債権の買い取りにあたらせているところもあるという。しかし、それだけでは、いずれサービサーの「取り扱い商品」が品薄になるのは明白だ。そこで新たな市場として狙っているのが、国民年金や地方税の未納金の徴収事務、さらに奨学資金の貸付金などの回収業務だ。
 そのため、全国サービサー協会は、金融サービサー法を弁護士法の特例措置から、業法に格上げし、広く債権回収業務を行えるようにすることを狙っている。現在のところ、日弁連などの反対も強く、実現にはいたっていない。しかし、いずれ、地方自治体の税金、年金保険料、奨学金などの貸付金、公営住宅の家賃など、その他の徴収業務にも門戸が開かれることを想定し、その「解禁」に備えて、法務大臣から兼業の許可を得て電話料金などの「案内代行業務」を始めているところもある。
 また、二〇〇六年には、民間の効率性を取り入れようと「競争の導入による公共サービスの改革に関する法律(市場化テスト法)」が施行され、施設の設置運営・管理、研修の業務などを、民間に委託することが可能となった。
 サービサーの中には、地方自治体からの依頼で、徴収職員のための「税の徴収方法」の研修を請け負っているところもある。
 全国サービサー協会は、サービサーの取扱債権の範囲を拡大するため、二〇〇四年から政府与党に働きかけ、二〇〇七年に与党(自民党、公明党)から議員立法として、金融サービサー法の改正案が第一六六大回通常国会に提出された。同法案は、実質審議のないまま継続審議となってきたが、全国サービサー協会は、法務省の強い援護も受けて、二〇〇八年秋の臨時国会での可決を目指している。
 今回の改正案では、新たにサービサーが取り扱える債権として、倒産関連債権が加わった。従来は、金融機関の貸付債権などが主体であったのが、一般事業者に関する債権でも、法的倒産者(破産・会社更生・民事再生・特別清算・特定調停などの決定を受けた者)が有する債権や、法的倒産者に対する債権、さらには、法的倒産手続きではなく、任意整理中の事業者を「窮境事業者」として、この窮境事業者が持つ債権も、取り扱い可能な債権としている。
 金融機関の有する債権に限定していたサービサーの取扱債権。その垣根≠ェ取り払われつつある。今後、いっそう、サービサーが念願としている国民年金保険料、地方税、の徴収事務にも、道が開かれていくことになろう。
 今日、長引く不況によって、年金や税金の未納のみならず、医療費、給食費の未払いなど、日本全国、さまざまな分野で未納問題が広がっている。だからといって安易に、サービサーにこれらの未払い料金の回収を認めることになれば、市民生活の隅々にまで過酷な取り立てが行われるようになり、まさに、「第二のサラ金地獄」が出現することになるであろう。
 本書は、サービサーによる債権回収の現場の知られざる過酷な実態を明らかにするとともに、不当な回収で国民一人ひとりが追い詰められる事態を未然に回避するため、サービサーの法的規制の必要性を訴えるものである。

  二〇〇八年八月
         椎名麻紗枝(しいなまさえ)
        今西憲之(いまにしのりゆき

   
   ◆『無法回収』目次◆

 はじめに

序章「債権回収」の無間地獄
・三石三鳥≠フサービサー
・債権回収の専門家
・不良債権ビジネス、儲けの構図
・チェリーピック方式で高騰した債権価格
・「第二のサラ金地獄」の始まり
・一般人に広がる回収の網
・ターゲットは個人の未納年金・税金

第一章 骨までしゃぶる「回収の闇紳士」

・ある日突然、不幸のどん底に
・外資が狙った三〇兆円不良債権市場
・社会の歪みは「弱者」に向かう
・三井住友銀行とゴールドマン・サックス
・不公平な脱法行為
・下町の喫茶店の悲劇
・金融機関のマネーゲーム
・不穏な債権譲渡
・待ち受けていた「地獄」
・録音された回収マンの桐喝
・債務者は「奴隷」か?
・元借金王の怒り
・よみがえった幽霊債権
・ジャパンリアルティ社の謎
・見え隠れする「闇の世界」の住人

第二章RCCの罪と罰

・虚像の国策会社
・「血も涙もある回収」の嘘
・RCCは旧住専巨額債務者になぜ甘い?
・五四億円を免除された「ミスター住専」
・恣意的すぎる債務免除
・連帯保証人までしやぶり尽くせ
・地方銀行の裏切り
・「一族で責任をもって返してください」
・RCC送りは死刑判決
・不当競売から不法侵入までなんでもあり
・一貫性のない回収計画とご都合主義
・伝家の宝刀「財産調査権」
・筒抜けの個人情報
・国税・税務署が情報源!?
・RCCが落札額を極秘にする理由
・不良品の抱き合わせ販売
・「闇の世界」の影
・正体不明の管理会社
・民主党・原口議員の追及
・得体の知れない登場人物
・満井忠男被告の証言
・口封じの刑事告発
・朝鮮総連詐欺事件の真相
・安倍元首相への手紙
・企業再生ならぬ企業つぶし
・未来を根こそぎ奪うRCC

第三章 回収の手先と化した裁判所

・「粕屋ホテル」の破産
・売却益狙いのスキーム
・「お飾り」の破産管財人
・疑惑の事業譲渡先選定手続き
・異例ずくめのスピード結審
・記録から消えた四人目の裁判官
・「裁判官の独立」を侵す暴挙
・RCCの破産申し立ての変質
・破産手続きの「奇手」
・RCCに洗脳された裁判所
・元裁判官の告白
・裁判で勝つのはRCC

第四章 京都の名刹をめぐる「謀略」

・何有荘をめぐるRCCの謀略
・ダイヤモンドファクターと満井被告
・債権譲渡の「偽装」
・「国策捜査」疑惑
・奇妙な裁判
・人間への温かさを欠く裁判官
・有罪認定は正しかったか
・「被害者」「加害者」逆転の構図
・「悪質な債務者」というレッテル貼り
・違法な執行保全命令
・手回しのよすぎる破産申し立て
・「証人」への恫喝
・「国家権力や。逆らったらあかん」
・RCCからの配達証明
・脅してサインさせた上申書
・宗教法人解散命令の申し立て
・裁判所の正体

第五章RCC歴代社長のスキャンダル

・中坊公平初代社長のマスコミ操作
・腰砕けのジャーナリズム
・朝日新聞社への「恫喝」
・RCCは「ハゲタカ」か?
・「平成の鬼平」の詐欺疑惑
・中小企業の死刑場
・社長直轄案件で「謀議」を主導
・もう一つの隠された「詐欺」
・策に溺れて大赤字
・「起訴猶予」で社長も弁護士資格も返上
・かなわなかった「叙勲」の夢
・二代目社長・鬼追氏の「口利き」
・取り立て対象から顧問料!?
・不透明な顧問企業の実態
・軽率すぎる行為
・「時効」でも消えてなくならない悪行

第六章 棄民国家・ニツポン

・サブプライム問題より酷い日本の銀行犯罪
・「貸し手責任」を無視する放置国家
・RCCと銀行の共同戦線
・増大する破産申し立てを利用した「脅し」
・連帯保証人に迫る魔の手

終章「ハゲタカ」から国民を守る方法

・債務者は、取り立ての対象にすぎないのか
・銀行融資の「無法地帯」が、「略奪的融資」を生んだ
・債権者優先の法整備という愚策
・あべこべの裁判所
・なぜ銀行だけが独り勝ちするか
・裁判所は、なぜ銀行の味方なのか
・新たな立法が必要だ!
  1 債権譲渡に一定の規制 303
  2 債務者、債権者対等の実質的保障
  3 回収のルールづくり

◆最後に
◆参考資料

   ◆共著者のプロフィール◆

■椎名麻紗枝(しいな・まさえ)
 1942年、茨城県に生まれる。弁護士。1964年に中央大学法学部を卒業し、同年司法試験に合格。医療過誤、被爆者問題、薬害エイズ・HIVなど、人権問題に関わる。バブル期に、大銀行が「フリーローン」を使って個人への押し付け過剰融資を実行し、その結果、住む家を失う、自殺に追い込まれるなど、個人が食い物にされてきた実態を知る。以後一貫して被害者の救済・弁護活動に奔走している。1996年1月より「銀行の貸し手責任を問う会」事務局長。著書には『原爆犯罪――被爆者はなぜ放置されたか――』『離婚・再婚と子ども』(以上、大月書店)、『100万人を破滅させた大銀行の犯罪』(講談社)などがある。

■今西憲之(いまにし・のりゆき)
 1966年、大阪府に生まれる。ジャーナリスト。大阪を拠点に週刊誌や月刊誌の取材を手がける。著書には『内部告発権力者に弓を引いた三人の男たち』(鹿砦社)などがある。