◆銀行の貸し手責任を問う会事務局長の椎名麻紗枝弁護士は2011年7月11日、多発する金融被害問題を解決するために、「金融債務者保護推進議員連盟」の早期設立の意義を訴え、国会議員や政府関係者などに対して、強く要請しました。
    金融債務者保護推進議員連盟設立への要請書

1、金融債務者をめぐる過剰債務の現状

(1)バブル期の設備、負債、雇用の「三つの過剰」のうち、中小企業等が抱える過剰な負債については長期の経済不況が続く中で、中小企業の経営努力をもってしても、一向に減少されない。2009年の中小企業金融円滑化法によって、返済条件についての見直しも行われ、中小企業もこれによって一時的には、金融機関の貸しはがしを免れているものの、この法律が平成24年3月に失効後は、金融機関によるいわゆる「貸しはがし」が再燃し、倒産に追い込まれる中小企業が多発することが懸念される。
 一方、ローン難民も急増している。失業や収入急減で住宅ローン返済が行き詰まり、2009年度上期では、金融機関から自宅の競売を申し立てられるケースが前年同期比46、3パーセント増になっている。任意売却も含めると、その数は、さらに膨らむ。

(2)一方、既に、多数の債務者が、金融機関から貸しはがしを受け、整理回収機構、金融サービサー、投資ファンドなどに売却され、それらの債権者から過酷な取り立てを受け、企業倒産や生活破綻に追い込まれている。中でも、整理回収機構が、連帯保証人に対して破産申立するなど、連帯保証人に対する強引な取り立てが目立つ。
 また、最近では、金融サービサーの債権回収が、金融機関の不良債権だけではなく、消費者金融の債権回収や地方自治体の滞納税の徴収業務にまで拡大している。

(3)さらに見過ごせないことは、バブル期に金融機関の押し付け提案融資によって過剰融資を受けた100万人にのぼると言われる債務者が、バブル崩壊後、返済できなくなって、金融機関から自宅などを競売にかけられ、住む家を失い、生活が困窮したままにおかれていることである。

(4)加えて、3月11日の東日本大震災によって、住宅、工場、店舗等を失ったにもかかわらず、銀行ローンが残り、これら銀行ローンが、新規融資への道を塞ぎ、被災者の生活・事業再建を困難にする。

2、過剰債務の軽減

 東日本大震災被災者をはじめ、中小企業や個人の金融債務者の再生をはかるには、過剰債務問題の抜本的解決が不可欠である。わが国では、過剰債務問題を解決するには、破産等による法的整理あるいは、私的整理によるしかない。そのばあい、債務者は、金融機関からの新たな新規融資は、受けられないため、債務者の生活・事業再建の道は塞がれる。
この問題を解決する上で、アメリカの2008年法はひとつの参考になる。
 2008年6月に立法化されたHousing and Economic Recovery Act of 2008 (HOPE for Homeowner Act of 2008)は、サブプライムローンで自宅を購入した人の救済を目的にし、一定の条件にある債務者のサブプライムローンを、政府がスポンサーになっているフレデイマック、ファニーメイなどの会社に、「時価」で買い取らせ、債務者には、その買い取った額であらたにローンを設定するというものである。この法律の特徴は、過剰債務が債務者の返済能力に見あった額に軽減され、さらに返済可能条件で貸付が行われるから、サブプライムローンの債務者にとっては、生活再建が可能となる。しかし、一方、債権者には、債権を時価売却するメリットがないため、この法律の適用例がほとんどなかったのである。そこで、オバマ大統領は、金融機関の不良債権売却のインセンティブを高めるために、7兆円の公的資金を投入することを決定したのである。日本の整理回収機構は、銀行という性格付けがされているにもかかわらず、貸付業務は行わず、回収業務だけしか行っていない。しかも、整理回収機構は、「時価」で買い取ったにもかかわらず、債務は減額されない。
大震災被災者の既存のローンの債権を買い取る買取機構には貸出業務、貸出業務を行わせることが重要である。

3、金融債務者保護の立法化の課題

(1)わが国では、金融債務者とりわけ、銀行債務者の法的保護が決定的に遅れている。
 貸金業法だけではなく、2000年の金融商品販売法でも、また2006年の金融商品取引法でも、銀行融資については保護の対象から外している。しかし、金融機関と債務者との間には、知識、情報、交渉力において、大きな格差がある。大きな格差のある金融取引に、形式的に「契約自由」、「当事者対等」を言っても、本当の「契約自由」「当事者対等」は保障されない。
しかも、昨今の「不良債権の処理の迅速化」が、金融債務者を債権取り立ての対象に追いやってしまっている。金融取引において、債務者の自己責任を問うからには、債務者の自己決定権が十分に保障される法的仕組みが整備されなければならない。
それには、金融機関からの情報の開示の義務づけをはじめ、不招請勧誘の禁止などを検討し、金融債務者を一元的に保護する立法は不可欠である。

(2)連帯保証制度の改善をはじめ、債務者保護の立場に立った民法(債権法)改正
 04年の民法改正では、融資について極度額の定めのない包括保証を無効とされることになったが、連帯保証人の保護としてはきわめて不十分である。連帯保証は、抵当権などの物的担保と違って、保証人の全財産に及ぶのであり、まさに身ぐるみ剥がされる事態にもなりかねない。連帯保証人自身は、なんの対価も得ないのに、一方的に不利益をうけるという相互性のない不公平な契約なのであり、それだけに連帯保証人の保護は特に必要である。
 それには、@安易な連帯保証契約締結の防止とA過酷な取立から連帯保証人を保護するために、連帯保証人の責任の軽減を骨子とする法改正が必要である。
また、民法の改正にあたっては、債権譲渡にあたっては、債務者の同意を要件とするなど「債務者」への視点が必要である。

(3)金融サービサーなどに対する債権回収の規制
 貸金業のばあい、投下資本の回収には、「金利の制限」があるのに対し、金融サービサーには、投下資本の回収にはいっさいの法的規制はない。金融サービサーは、金融機関からは、回収見込みのない債権として、きわめて廉価に買い取っているにもかかわらず、契約どおり、全額回収できることになっている。整理回収機構のばあい、無担保債権を一律1000円で6342件買取り、約112億円を回収している。買取価格を債務者に開示を義務づけ、回収の上限を設定するなど一定の規制が必要である。
なお、整理回収機構は、国が全株出資して、金融機関の不良債権回収を目的として設立された会社であるにもかかわらず、その組織や回収業務について、多くの批判があることから、実態を検証し、存続の可否を含め、見直しをはかる。

(4)金融紛争解決機構の設置
 金融機関との貸金をめぐるトラブルの解決は、裁判によるのが原則である。しかし、日本の民事裁判制度では、債務者の立証責任が過重のため、債務者が勝訴するのは大変困難である。また、話し合いによる解決を望んだばあいには、調停あるいは仲裁があるが、これらは、いずれも当事者の合意があってはじめて話し合いが成立する。そのため、裁判所の調停でも、金融機関とのトラブルについては、成立件数は、2割しかないのが現状である。多くの債務者は、金融機関の反対で、調停が成立しないと訴えている。
 これを改善するにはイギリスのオンブズマンのように、片面的拘束性を認めた新たな金融紛争解決機構の設置が必要である。この機構には、過去に既に、金融機関から債権回収のため、自宅などを競売により、失った債務者にたいしても、門戸を開き、社会的公正をはかることが検討される必要がある。