銀行の貸し手責任を問う会会報 No.5
 


 

●住友銀行の驕り
 市民の怒りを結集しよう
 ───金融評論家 森静朗

 住友銀行は、「訴訟によってモラルを問うというのは独自の見解。裁判所はモラルを問うための場ではない。そのような見識を押し通 そう”世間の雑音”」と一笑に付し、中坊氏の「法律は最低のモラルというが、いまの大銀行は法律になければ何をしてもよい」という利潤拡大化と市民を手玉 にとったもうけ一点ばりの銀行家モラルを批判したことに対する挑戦である。ふと私の教え子がかつて就職にあたって四大証券の一つに行った時「証券会社へどうして就職するのか」と問われたので、民主化と大衆化、市場原理のなかで自分を試したい」と答えたら「じょうだんじゃない。証券会社は、シャバと牢獄の間の細い塀のようなもので、いつ牢獄へ落ちるかわからない。お客様は利用するだけだ。甘い考えはすてたまえ。」といわれて、証券会社への就職を断念したことを思い出す。その証券会社は破産した。住友銀行の驕りと不遜がまだ呼吸の音をとめていない。
 市民を食いものにした融資の反省どころか挑戦状をたたきつけている。銀行救済国会も(不破委員長のことばによれば)開かれて、「銀行はモラルの頽廃のまま大きな図体でのさばろうとしている。市民は監視の目を光らせ、声を大きくして驕りの銀行に対しての批判の世論を盛り上げる必要がある。」という記事が目についた。

 



●ビッグ対談
 ──元大蔵省大臣     久保亘衆議院議員
 ──住宅債権管理機構社長 中坊公平氏

 当会では、七月一四日に、星陵会館において、住宅債権管理機構社長の中坊公平氏と、元大蔵省大臣の久保亘衆議院議員を招いて、「ビッグ対談ー金融システムと消費者保護」と題してシンポジウムを開催しました。会内外から約二〇〇名の方に参加をいただき、金融ビッグバンを迎えた今、消費者保護の立場に立った金融システムのありかたを問う有意義な会となりました


  中坊、久保両氏の対談の概要をご紹介いたします。

一、住宅債権管理機構の社長就任について
●久保:元来リーダーたる人には、揺るがない信念と鋭い先見性と高い志、社会正義を貫く勇気・決断力が必要と考えていた。中坊さんのことを紹介された時、この人だと感じた。中坊さんは引き受けるはずありませんよというのが官僚の返答であった。だからこそ頼めと指示をしてお願いにいかせた。
●中坊:大阪弁護士会の会長から話があった時、即座に引き受けると返答した。務めであると感じたからである。何故ならば住専事件というのは住専七社が倒産をして一三兆円の紛争処理は司法がやるべきであるのにその司法がしなかったことに弁護士をしている者として責任がある。だからひきうけたのである。
 弁護士としてまず見た住専法に問題があった。目的に大きな憤りを感じた。このままでは無限大に国民に負担が発生する。一三兆円の債権を回収できれば国民の税負担がなくなるのではかと考えた。

二、三〇兆円スキームについて
●久保:大変重要な指摘をいただいた。一七兆円が預金保護、一三兆円が銀行健全化のための融資とされているが、銀行が本当のことをいっていないので不良債権の総額がわからない。不良債権の発生にかかわった経営者の責任の追及をこれからの国会でやる。
●中坊:住友銀行への訴訟をやりたくってした訳ではない。住専への問題ある融資媒介要約が一三四件ある。そのうち七二件が住友で突出している。最後の交渉で裁判を提起してくれ負けたら支払うという結論が住友からあった。それを知って根本に経営者のモラルの問題があると気付いた。法律とは最低の道徳であって、最高の道徳ではない。
 いちばん厳しい免許制の銀行がそのモラルをかなぐり捨てて、儲ければいいというのはまずい。経営者に健全な精神を入れることである。

三、経営者のモラルについて
●久保:つい数年前までは、銀行は顧客を騙さないというのが社会的約束であったが、今は違う。提案型融資は、十分に危険な部分の説明をしていなかったり、嘘でないかと思うほど良いことばかり言って、要求をのませたものもある。提案型は誤解を招くものであり、銀行の思う方向に誘導してしまう。その結果 について借り手の自己責任を求めるのは根本的に間違いである。銀行の体質を考えると、消費者の立場を守る法律が必要である。金融監督庁四〇〇名は全く足りない。米国は一万人、英国は二〇〇〇名いる。
 弱い者が守られる、公平が守られることが政治使命である。

四、消費者被害を防げるのか
●中坊:提案型融資と住専の紹介融資責任と根本は同じである。いずれも銀行が信頼の看板の下で嘘を言った。それに騙されたのは住専七社も消費者も同じである。自由競争は資本主義の原則ではあるが、無制限の自由競争が良いとは限らない。住友のように自分さえよければあとはどうでも良いということは許されない。法律に優先する概念が必要になる。それが人権思想である。

五、借り手の自己責任について

●中坊:自己責任ばかりが言われるが悪意の借り手と大型フリーローンによる銀行の主導で行われた提案融資型の消費者(個人)の借り入れとは区別 されるべきだと考えるが賛同いただけるが。久保:全くそのとおりである。悪質な借り手は地の果 てまでも追及する。しかしそのような銀行に貸し手責任がある個人の融資の場合は、貸し手の責任追及が第一義的に問われるべきものである。中坊:両者は分けて処理すべきである。住専は借り手の責任追及をあくまでもするが、同じことを弱者にしてはいけない。
 基本方針は、
一)闇の世界との断絶
二)地も涙もない回収はしないこと

である。事業ローンと住宅ローンに二分される。二〇万件一七万人のうち件数で九割、金額で二割が個人の住宅ローンである。借りたものはもらったも同然と考えるほんのわずかな借り手の回収は当然違ってくる。社長就任して組織を改正した。
三)内部不正監視の検査室と
四)苦情処理の相談室を設置した。

相談は全件社長の私が見て、処理の指示を出している。一日に一件苦情が来る。個人と事業用とは区別 して処理している。消費者の自己責任という言葉がリスクを押し付ける口実になっているのではないか。借り手に全く自己責任がないことはないだろうが、詐欺的や強制的なものは無効に法律がなければ駄 目だ。今の消費者保護法は全く役にたたない。 豊田商事事件でも被害者は二重の苦しみを負った。をれは金融被害を受けたことと金銭亡者という社会的汚名である。個人は弱いが、集団で行動することで自立できる。今日ここに被害者がこれだけ集まったことは意義がある。
 金融事件の被害者が救済されない理由は裁判所にある。弁護士に立証責任を負わせているが、今の官僚裁判官は分かるはずがない。
 事実認定は自由心証主義であって、裁判官が自由に事実認定して良いことになっている。その裁判官が実態社会を知らないのであれば、正しく事実認定される筈がない。
 弁護士経験者から裁判官を採用しろと法曹一元化はそこに意味がある。陪審員制度は批判されても厳然と続いているのは、事実認定は裁判官より市民生活をしている者が正しいという事実から支持されてきているのである。
 被害者は被害事実を世間に知らさなければいけない。



●変額保険連続講座
 ───講師 楠本くに代先生

 講演の内容は、新しい角度から変額保険にメスを入れるものでした。楠本先生にいずれ論文で発表していただきたいと考えていますが斬新な内容ですのでとりあえず、概略をお伝えいたします。
一)講演の要約
1、信託という概念は、融資付き変額保険契約も当てはまる。
2、相続税対策という信託の第一次目的が達成されなかったのであって、これは欠陥商品 以前の問題である。
 信託の目的が達成されなかった場合には「復帰信託」という概念が当てはまる。この復 帰信託という考え方で変額保険の被害者の救済ができるのではないか。
3、欧米では金融商品の販売に伴うトラブルは九九%まで被害者の負担なしに解決する。 裁判になるのは一%しかない。消費者保護が制度として確立しているからである。
二)講演メモ
1、欧米法では、復帰信託を認定した判決がある。株主への配当金の支払のために預けた 第一次信託が実行されなかった事例に第二次信託として目的が達成されなかったので信託金として信託者に戻されるべきであるという判定をした。使途目的を特定した融資関係は信託関係を発生させると認定した。目的が成就すれば融資、成就しなければ信託という黙示の合意があった。
  融資付き変額保険の場合にも、相続対策という信託目的で融資したのに成就していないのに返済しなければならない事実、保険会社の責任が問われない事実はおかしい。
2、信託とは、信じて託すことである。他人による財産の管理、一定の目的のために運用・管理処分してもらうこと。そこには信認関係が発生している。 
 受任者は厳しい義務を負う。根本は「忠実義務」で受益者の権利のために持てる技術を全て駆使しなければならない、知り得たことをすべて通 知しなければならない。「善管義務」というのは”注意と技術”を駆使しなければない。日本の訳が間違っている。
3、受託者の違反に対する救済手段にも欧米と違いがある。欧米は信託財産の現状回復できるのに対し、日本は損害賠償という金銭賠償するに留まっている。
4、信託者と受益者の責任を認めたのが「イーガン判決」である。保険本来の目的は心の平安と万一の保証をもたらすものである。保険会社は準公共性を有する生命に対するサービスを提供するものであって、場合によっては会社の利益よりも社会の利益を優先させるべきである。
5、銀行と顧客は信託関係があるという判決がある。一九七五年英国。対等の取り引き関係は信託関係はない。それに反して力の強弱があるときは信託関係がある。貸し手責任を認定し、概念を広めたのが一九三七年のスチュアート判決である。
 銀行と顧客の間に、
a 長期に渡って繰り返し取り引きがあった。
b 借り手が貸し手に信頼を寄せていて、貸し手がそれを知っている。信認関係が存在する。特別 な関係である。
c 貸し手がアドバイスできる立場にある。
d そのアドバイスが貸し手に不利であるが、借り手のためにしてくれたと信じていること。
e 貸し手が借り手より情報優位である、知り得ない。その様な場合には、意思決定に大きな影響を持つ、よって貸し手に責任を負わせなければならない。
6、米国では、キリスト教的性悪説が根源にあるので、受託者はその絶対的立場から悪いことをすることが予想されるので歯止めの法律を作った。
 消費者と貸し手の力の格差が大きく、それを埋めるために法律を作成した。それが”消費者保護”である。日本ではビッグバンで銀行で投資信託販売しているが、一二月からは銀行本体で販売できるが大蔵省は何ら法的手当てをしていない。

 



● 住専問題と銀行のモラル
 ───法政大学教授 野田正穂
  今年、住専問題にかかわる二つの出来事がおこり、国民の注目を集めた。一つは、三月の都銀などによる大蔵省幹部に対する接待汚職であり、いま一つは、六月の住宅金融債権管理機構の住友銀行に対する損害賠償の訴訟である。いま、金融機関の不良債権処理が大きな政治問題となっているが、金融機関のモラル、そして経営者の責任を考えさせる出来事といえよう。
当初からの問題の紹介責
 住宅金融専門会社、いわゆる住専七社の破綻で不可避となったのは、今から三年前の九五年九月以降のことであった。そして、住専の清算にともなう巨額の損失の分担をめぐって、母体行、一般 行、農林系など関係金融機関ではげしい論議と折衝が展開されることになった。
 それまで、系列ノンバンクの破綻処理については、母体行が責任をもつという母体行責任方式がルールとなっていた。しかし、都銀などの母体行は折からの公的資金投入論を利用しながら、損失負担を住専に対する出資と債権の放棄だけに限定し、それ以上の追加負担は一切拒否するという態度をとったのである。
 一番の問題は、母体行の住専への紹介融資であった。母体行は、担保物件や返済能力からみて問題のある案件を住専に紹介し、さらには回収困難となった自らの融資を肩代わりさせるなど、住専を共同の「ゴミ箱」として利用し、ついに破綻へと追いやったといえよう。母体行その他の紹介融資は九五年六月末で実に一兆七二八八億円、その九一・〇%が不良債権となったのである。
 それだけに、母体行は住専に対する債権放棄だけでなく、融資の紹介にも責任をとる(損害を賠償する)という破綻処理の妥協案が関係金融機関の間で浮上したのは当然であった(九五年九月頃)。しかし、母体行に紹介融資に関する責任を拒否し、ついにその穴を埋めるかたちで、政府は六八五〇億円の公的資金を投入することになったのである。
政府も認める紹介責任
 金融機関の破綻処理のために、国が税金を投入したのは住専が最初であった。そして、マスコミ等を通 じて、住専の乱脈経営の実態、破綻に至る母体行や行政の責任などが明らかになるにつれて、国民の間から税金の投入に対してきびしい批判がおこったのは当然であった。九六年一月以降の予算国会は事実上「住専国会」の様相を呈し、政府も「母体行の責任はきわめて重く「債権放棄以上の追加負担が必要」と認めざるを得なかった。
 この時、大蔵省は住専問題を担当する「銀行局別室」を開設したが、都銀・長信銀などの母体行はこの別 室に属する銀行局幹部に対して、一人一回五万円程度という料亭での高額接待を繰り返していたのである。何が話し合われていたかは不明であるが、大蔵大臣の「追加負担が必要」という国会答弁にもかかわらず、母体行が何の追加負担もしなかったことと、以上のような「接待づけ」が全く関係がなかったとは考えにくい。
住管機構の損害賠償訴訟
 いま一つ、今年になってから実現したのが住友銀行を相手取った紹介融資にかかわる損害賠償の訴訟であった。中坊公平社長が「紹介融資」をした金融機関の貸し手責任を問う訴訟を提起することを明らかにしたのは、九六年一二月のことであった。それから一年半の間、住管機構は数多く紹介融資の中から悪質なものをしぼり込み、母体行に対して損害賠償を求める交渉を重ねてきたのであろう。
 しかし、住友銀行との交渉は決裂し四八億円の損害賠償を求める訴訟にふみ切ったのだる。重要なのは、この訴訟が住専破綻と母体行の関係、特に後者のモラルと責任を問う性格をもっていることであろう。マスコミの多くもこの点に注目して論評を加えているが。代表的な経済紙である『日本経済新聞』の社説を次に紹介してみよう。「この訴訟はビッグバンが進出中で、金融業務のモラルとルールの明確化を求めている」と。
 訴訟の成り行きは、今後の金融機関の破綻処理にも少なからぬ影響を及ぼすものとみられており、注目したい。



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