「銀行実務」2005年9月号掲載
厳格な取立てに警鐘
延滞債務者への債権回収をどう進めるか
――債務者に対等な立場の保障を――
 弁護士・椎名麻紗枝
 
◆債務者は銀行に対しての対等な当事者◆

「銀行実務」2005年9月号目次、椎名論文は
下段下線を引いた部分
 債務者は、取立ての対象にすぎないのか

 バブル崩壊後、不良債権処理が国際公約とされて以来、不良債権処理の迅速化のための法整備が進められてきた。
 競売手続きの迅速化、担保債権の流動化のための法改正。しかし、それらの法改正では、不良債権処理を急がされる債務者の存在は無視されている。

椎名論文に付されたマンガ

 不良債権処理の現場では、債務者は血の涙を流させられているのに、債務者を保護する手だては何ら講じられていない。
 本来、債務者は、取引の一方の当事者である。
 しかし、不良債権処理が優先される中で、債務者は単なる取立ての対象としての側面ばかりに目が向けられ、債務者が銀行に対して対等な当事者であるという基本的な関係が忘れられてしまっている。
 それを端的に示す事例は、不動産会社の社長らが、債権者である整理回収機構(RCC)に預金口座を差押さえされそうだと気付き、預金口座から一億円を引出したことが強制執行を妨害したとして、RCCから強制執行妨害で告発され、これを受けて警視庁が社長らを逮捕した事件である。しかし、債権者から預金□座を差押さえされそうになったために預金を引出したことが、刑事事件として処罰されるべき事件であろうか。
 詳細は報じられていなかったのでわからないが、その不動産会社の債権者はRCCばかりではないであろう。従業員もいれば、その他支払わなければならない取引の相手方はいくらでもいるだろうから、もし預金口座が差押さえを受ければ、それらの支払いもできなくなる。
 そういう事態になれば、会社は倒産の危機を迎えるかもしれない。経営者としては、そういう事態を回避するために口座から預金を引出すのは、債務者として当然の行為ではないだろうか。
 銀行は大きな組織力を背景に使い勝手のよい法案の立法化が可能であるが、債務者は個々バラバラであり、債務者の権利を保護する法案の立法化はまったく進んでいない。
 しかし、ここにきて不良債権処理が第ニステージに入り、債務者だけではなく連帯保証人にまで、過酷な取立ての手が仲びてきていることに対し、これを憂慮する国会議員らによって、債務者保護の法案を検討する動きも出始めてきている。

◆第ニステージに入った不良債権処理◆

 金融サービサーによる親族等への取立て

 今年六月に七大銀行・金融グループの二〇〇五年三月期決算が発表され、不良債権は三年前の八・四パーセントに比較すると半分以下の二・九パーセントに激減したと報道された。
 しかし、不良債権が銀行の帳簿から消えたからと言って、不良債権そのものがなくなったわけではない。銀行は、任意売却や競売が終わって無担保債権となった不良債権を、備忘価格で外資系フアンドや金融サーービサーなどに売却してオフバランス化したにすぎない。
 債務者から見れば、銀行から金融サービサーの取立てに移行したにすぎないのである。しかも取立ての対象は主債務者から連帯保証人に移った。債務者にとっては、競売され、すでに債権者に押さえられる物はなにもなくなったからと安閑とはしていられない。連帯保証人となっている
息子や親族へ、金融サービサーの取立の手が仲びてきているからだ。
 金融サービサーは、バブル崩壊後、金融機関の大型破綻が相次ぎ、発生した不良債権の処理策として、平成十一年に施行された「債権管理回収業に関する特別措置法」に基づき、弁護士法の特例として誕生したもの。外資系、銀行系、ノンバンク系のほかに整理回収機構も法務大臣許可九番の許可を得て参入。現在、九〇社を越える。
 今年二月十六日の予算委員会で明らかになったことだが、整理回収機構は、無担保無剰余の債権を一律一〇〇〇円で六三四二件買取り、これらの回収額は、なんと百十二億円にのぼる。約一七〇〇倍もの回収額である。
 銀行が取立て不能として、一〇〇〇円で売却した不良債権を、一件あたり平均一七〇〇倍
もの回収を回るのだから、もちろん尋常な方法で回収できるわけがない。相当過酷な取立てが行われているはずだ。
 六月四日に、「銀行の貸し手責任を問う会」と「銀行の貸し手責任を問う会・関西」とが共同で、東京と大阪で関催した「金融サービサー(整理回収機構、債権回収会社)被害相談電話一一〇番」に寄せられた相談の三分の二は、整理回収機構からの過酷な取立てに対するものである。
 整理回収機構は否定するが、連帯保証人からの「妻との共有の自宅に整理回収機構から仮差し押さえをされて途方にくれている」という相談もあった。妻は連帯保証人にはなっていないから、妻の持ち分には仮差押えはできない。しかも自宅には住宅ローンがついている。仮に連帯保証人に裁判を起こし債務名義を得て競売にかけても、RCCへの配当はないから、競売は取り消
されてしまうことは明らかだ。RCCは、そんなことは百も承知で仮差し押さえをしている。明らかに連帯保証人を心理的に追い込んで回収を図るという手口だ。民間金融サービサーの取立ては、これから本格化してくると思う。

 増加傾向に向かう銀行の破産申し立て 
 
 一方、銀行も、金融サービサーなどに売却するより、自分で取立てた方が得だと考え、不良債権の回収のために従来とらなかった破産申立を始めた。
 破産は全国で二二万件あるが、九九パーセントは自己破産である。債権者が破産を申し立てるのはパーセント過ぎない。銀行が破産申立をしたのは過去数刻しかないのだが、最近は増加傾向にある。
 金融庁が主要行に行った調査では、平成一五年が、五件(内、個人に対しては三件)、平成一六年には一四件(内、個人に対しては一一件)ある。もちろん、悪質な債務者に対して銀行が破産申立をして、破産管財人に債務者の財産の流れを調査させて、不当な資金の流出に対してはそれを取り戻させ、それによって債権回収を図ることは当然許されるであろう。
 しかし、中には、銀行のいわゆる提案融資の債務者に対してまで破産申立をしているケースもある。
 朝日新聞が四月二七日付けで報道した二件のケースがそうである。二件とも、相続税対策として銀行から融資を受けて不動産を買うことを勧められ、多額な融資を受けて不動産を購入したが、バブル崩壊後、利払いが困難になり、銀行は購入した不動産と担保にとった不動産を競売にかけたというケースである。
 もちろん、競売による配当金では債権全額の回収はできなかった。そこで銀行は、債務者が無担保の不動産を売却したのに、それを銀行への返済に充てなかったことから、その売却代金の流れが不透明であるとして破産申立をしたのだ。
 しかし、債務者から見れば、銀行から融資を受けて購入した不動産だけではなく、それ以外の不動産まで銀行は担保にとり、競売をかけてきて、それから回収している。一方、債務者は、銀行への利払いをしていた。だから、債務者は親戚からも多額な借金をして、無担保の不動産を売却したお金を親戚への借金の返済に充てたのだ。
 国会でも、銀行が提案融資の債務者にそこまでやってよいのかという厳しい批判が出され、不良債権処理のもとに債務者の人権が無視されていることが問題とされた。

◆債務者に対等な当事者性を保障するために◆

 金融機関と債務者との間に情報の大きな格差

 銀行取引において、債務者とりわけ個人債務者は、取引の対等な当事者とは見られておら
ず、取立ての対象としか考えられていないのではないか。
 法律もそうだし、銀行もそう見ているのではないか。もちろん銀行は、債務者から収益を得ているのだから、債務者を「お客さん」と呼んでいる。しかし、銀行が債務者を本当に取引の対等な当事者と考えているかというと疑問である。
 銀行と債務者との関係は、医師と患者との関係に似ている。
どちらも専門家として相手に対して優位の立場に立っているからである。しかし、周知のとおり、がっては医療行為を受ける対象としてしか見られていなかった患者も、ずいぶん前から、医師と患者とは対等な契約関係にあると考えられ、専門的な知識を有する医師は、患者に対して十分な説明をし、患者の同意(インフォームド・コンセント) にもとづいて医療行為を行うべきであるとされている。
 これに対し、銀行取引は、説明義務はこれまで軽視されてきた。
 金融庁も最近は銀行に対して強く説明義務を求めるようになったが、平成十二年に成立した金融商品販売法では、説明義務の対象商品から融資は外された。銀行が説明義務を言われるようになったのは、そう昔のことではない。融資一体型産額保険訴訟など、バブル期に提案融資の名目でさまざまな資金使途を提案し、融資を勧誘し、その後、銀行の提案どおりの返済が行えな
くなった債務者から、銀行に対し説明不足を理由とした訴訟が多発したが、銀行は、それらの裁判で「金を貸したら返すのは常識だ」「連帯保証人になったら、債務者が払えなくなったら代わって払わなければならなくなるのは子どもでも知っていることだから、銀行は融資契約や連帯保証契約に、いちいち説明する義務はない」と主張していた。
 さすがに、現在は表だってこのような主張は聞かれなくなったが、しかし、銀行が債務者や預金者らを対等な当事者として尊重するようになったかと言えばそうは思えない。
 その一つは、情報の偏在である。銀行は、債務者が決算書・確定申告書などを銀行に提出するのは当たり前のごとくに考え、債務者にこれの提出を求める。債務者の情報はことごとく銀行に掌握されてしまっている。
 一方、銀行側の情報は債務者や預金者に開小されているかと言えば、そうはなっていない。預金者の側から見れば、ペイオフが実施されることになった以上は、ペイオフのリスクについて当然知らされる必要がある。自己責任が求められるためには正しい情報の開示が前提である。全融庁が行った行政処分についても、ほとんどが秘匿されている。
 風評被害による取り付け騒ぎを恐れるあまり、情報を秘匿すれば、かえって疑心暗鬼を呼ぶ。正確な情報開示の方が不安を打ち消し、安心感を深めることになる。

 債務者に対する情報開示が必要

 また、債務者の側から見れば、債務者の情報は債務者に開示されるべきであると考える。
 医療におけるカルテについても、かつてカルテは誰のものかという議論もあったが、カルテは患者のためのものであり、医療行為が適切に行われたかを担保するためのものであるとして、患者からの要求があれば回示されなければならないとされている。
 それに対し、銀行の情報開示は、きわめて消極的である。
 訴訟で、銀行衆議書や業務日報などの提示が求められても、銀行は提出を拒むことが多い。そういう態度はかえって債務者に疑いを深めさせることになる。銀行は自分の持っている情報も債務者に開示してこそ、情報の偏在をなくすことになる。

 買取った債権額の一〇〇倍の 取立ては可能なのか

 さらに今大きな問題になっているのは、銀行が整理回収機構をけじめ金融サービサーヘに売却した不良債権の売却価格についての開示の問題である。
 不良債権処理を急がされ、銀行は、無担保債権や担保付きのままの不良債権を金融サービサーに安値で売却し、銀行のバランスシートから不良債権を落としているため、今、不良債権ビジネスが横行している。その結果、債務者にとっては、より深刻な状況が出てきている。先述した連帯保証人への過酷な取立てである。
 連帯保証人の給与の差押さえというケースも増大しており、債務者保護のための規制が必要である。債権額はともかく、もともと一〇〇〇円で買取った債権を一〇〇倍も一〇〇〇倍もの価格で取立てをすることは許されるのだろうか。
 出資法では、貸金業者が年二九・ニパーセントを超える利息をとったときは、三年以下の懲役刑の処罰を受ける規定があり、出資法違反で逮捕されることにもなる。しかし、金融サービサーの取立では、出資法では禁止されているよりはるかに高率の取立てを行うことが平然と行われている。そのために、主債務者だけではなく連帯保証人までが先述のような過酷な取り立てに苦しめられているのだ。金融サービサーヘの売却額が債務者側に開示されれば、金融サービサーも、このような高率の取立ては行えなくなると考える。
 ある債務者が整理回収機構が買取った額を尋ねたところ、整理回収機構の弁護士は、「商売
でも、仕入れ値を知らせて売買するものはいない」と答えたが、金融サービサーは、これを知らせると取立てに支障があると考えているため、売買価格については秘匿して、絶対に知らせない
のだ。
 銀行は、売却した先の金融サービサーが過酷な取立てを行わないよう配慮する責任もある。したがって、債務者からの目にあまる過酷な取立ての実情が訴えられた場合には、買戻すか、あるいはせめて債務者の求めに応じて、いくらで金融サービサーに売却したかについての情報は
開示されるべきである。