ノンフィクション劇場『騙す Part4』(大蔵省の国家的犯罪)
   シナリオ全公開

【目次】
■第一場 M銀行・役員会議室
■第二場 小林家の応接間
■第三場 裁判所法廷
■第四場 大蔵省の一室
■第五場 国会の財務金融委員会
■第六場 被害者に光を! 国賠訴訟へ
■第七場 父の遺書

金融被害者を激増させた国の罪を問う


 ノンフィクション劇場『騙す Part4』(大蔵省の国家的犯罪)
  シナリオ 作・演出:稲垣 純(東京芸術座)
 ◆初上演:2004年3月19日、東京・赤坂区民センターホール
 ◆主催:銀行の貸し手責任を問う会&『騙す』PART-4上演実行委員会

 ◆出演:東京芸術座俳優&金融被害者たち
稲垣さんは、『12人の恐れる男たち』(全国巡演中)や『私は貝になりたい』などの演出で知られています。

 《舞台は、上手、下手、センターの奥と前の4カ所に分かれている。
 上手は10尺×6尺、高さ1尺の平台上のエリア。   
 センター奥は6尺×5尺、高さ2尺の平台上のエリア。主に裁判官席。
センター前は平舞台。下手エリアは平舞台で主に司会、進行役のエリア。
   バックは黒幕》

 ベルが鳴り終わると客席、舞台溶暗。
俳優のスタンバイを待って溶明。(俳優の第一声をきっかけにする)

■第一場 M銀行・役員会議室


頭取・融資部長、開発室長のほか、部長らも参加しての会議。


頭取  (強い口調で)まだ、そんな悠長なことを言っているのかね!? わが社の現在の状況が分かってないんじゃないか、君らは。わが社の融資残高は大手銀行五社のうち五位なんだよ。五位は最下位なんだよ。日本を代表する銀行と言われた、このM銀行が、だ。最下位!!どうしてだ。
 他の銀行は、どうして融資を伸ばしてるのかわかったか。
大蔵省からも、うちは、財閥系銀行の地位にあぐらをかいて経営努力にかけているのではないか。他の銀行を見習えとはっぱをかけられているのだ。

融資部長  はい、他の上位行を密かに調査しましたところ、不動産事業へ驚く程融資を拡大しているのです。

頭取  うちも、それを見習って融資を伸ばせ。

融資部長  お言葉ですが、頭取。大蔵省も、地価高騰への批判をうけて、昨年から不動産向けの融資は、総量規制をして、融資を控えろと言ってきているのです。MOF担からの報告ですと、不動産業種だけではなく、建設業、ノンバンクなど地価高騰を煽っている3業種への融資も抑制する方向で検討にはいっているとも聞いています。そうなるとこれらの業種への融資は無理ですね。

頭取  我が社は、乗り遅れたというわけだ。もはや打つ手なしというわけか。

開発室長  頭取。

頭取  何だ。名案でもあるのかね?

開発室長  思い切って発想の転換をしたらどうでしょうか?

頭取  と言うと?―――

開発室長  大手企業をターゲットにするのじゃなくて、個人をターゲットにするんです。

融資部長  住宅ローンやカードローンのようなか?それなら既にやってるが大した額にはならん。仮に一〇倍増えたって多寡が知れてる。

開発室長
  しかし、現在、どこの企業も、大手は勿論中堅と言われるところでも、上場している企業は、社内留保がかなりありますから、銀行から借りる必要はなくなっています。仮に資金調達が必要になっても、市場で増資をすれば調達コストが安くすみますから、わざわざ銀行に金利を支払って、借りるところはありません。うちのばあいは、系列傘下の企業への融資がメインですが、それにあぐらをかいて拡大努力をしなかった。だから融資が落ち込んだのじゃないでしょうか。

融資部長
  だからと言って個人じゃァーーー

頭取
  君はちょっと黙っていたまえ。日銀の役員に聞いたんだが、富士銀行では、全預金者を債務者にせよという指示を全支店に出していたらしいね。

融資部長 過激ですな。

頭取 個人をごみだと馬鹿にしちゃおれん時代なんだよ。しかし、個人を相手にするばあい、よほど効率的な方法でやらないと、手間暇かかるわりには、利益が出ん。
(室長に)個人をどういうふうに相手にするんだ?

開発室長  変額保険と組むんです。

融資部長  何だ、そんなことか。あれは売り出した当初は、物珍しさもあって売り上げを伸ばしたが、最近は頭打ちだというじゃないか。大体、あれはアメリカの要望が強くて認可した商品だ。
変額保険は、保険といっても、実質は投資信託みたいなものだ。貯蓄傾向の強い日本人には向かん。
  
頭取  住友がアリコと組んで変額保険のための個人融資を始めたが途中で止めたのは知ってるね。

開発室長  知っています。住友が止めたのは、保険を担保に融資したからです。一昨年一〇月のブラックマンデーのような大暴落があると、保険が担保では、担保価値が融資額を大きく下まわってしまう。これは駄目だというんで止めたと聞いています。

頭取  ふうん・・・。じゃ、そういうリスクを防止する方法は?

開発室長  土地を担保に融資するんです。担保物件が変額保険そのものではリスクが大きいが、土地だったら仮に下ったにしても株価のような大きな変動はないから安心です。

融資部長  個人の土地を担保に、か。確かにそれならリスクはない。―――が待てよ。変額保険に入るために自宅の土地を担保に金を借りる人間がいるかな?

開発室長
  普通だったらあまりいないと思います。けれど目的が相続税対策だったらどうでしょう?

頭取  相続税対策、というと?・・・

開発室長
  これは実は私が考え出したのじゃなくて、青山フィナンシャルステーションの連中が持ち込んできたんですが・・・ここのところ土地の価額は鰻登りに急激に上がって、猫の額ほどの土地しか持っていない一般庶民の間にも、相続税を支払うために、親から残された土地を売らなきゃならなくなるのではないかという不安が広まっていますね。新聞なんかでもそう書いているし、現に本当か嘘か判らないが上野の本牧亭のような話もある。だから相続税対策というのは自分の土地を持っているけれど、お金はない人たち、とりわけ年金暮らしをしている高齢者にとっては、重大関心事だと思うんです。

頭取  それは判るがどうして相続税対策になるんだ?

開発室長  大型フリーローンを開発して変額保険と組ませるんです。

副頭取  大型フリーローンと?

開発室長  ええ。今までの大型ローンと言われるものは一千万から五千万でした。けれど最近は場所によってですが、坪一千万なんてゆう路線価が出てきている時代です。五千万なんて五坪にしか当たらない。バカにするなと言われるだけです。だから路線価に見合う額――まぁ二億か三億を限度額として、変額保険の一時払い保険料プラス利息や諸費用を融資するんです。

融資部長  二億か三億!?年金暮らしの個人にか?何とまぁ大胆な。

開発室長  しかも元金据置きで・・・。

頭取 
 元金据置き?・・・

開発室長
  はい。今までの長期ローンは毎月か毎年か割賦返済してゆく形、つまり住宅ローンやカードローンの形でした。しかも三年か、長くても五年の期限でです。でもそれでは相続税対策になりません。相続する事態が起こった時、借金があるから相続価額が減って安くなるんです。だから融資した金は据え置き。

融資部長
  ちょっと待てよ。相続する事態ということは土地の持ち主、つまり保険者が死んだ時ということか?

開発室長  ほとんどの場合そうですね。借入をしてから死ぬまで据え置き、というわけです。

融資部長 そりゃぁ危険性が大きすぎる。社会の経済状況なんて、いつ、どうなってゆくか判らん。だから企業でも個人でも元金据え置きの場合は、半年かせいぜい1年くらいの期間で貸し付けて、その時々の状況をみて延長とか書き替えという形をとっているんじゃないか。死ぬまでということになると、寿命が延びているこの頃じゃ、一〇年一五年なんてざらに起こっても珍しくない。その間、元金据置なんて無茶だよ。長期ということになれば、住宅ローンのように、元金も割賦返済してもらう形しかないよ。

開発室長
  しかし、借金が減ってしまったのでは、相続税対策になりません。相続する事態が起こった時、借金があるから相続価額が減って安くなるんです。だから融資した金は据え置き。それに、年金暮らしの高齢者ですから、元金を割賦返済する資力もありませんから。

融資部長  利息は、どうするのだね。

開発部長
利息も貸し付けるのです。

融資部長  10年分20年分の利息も貸し付けるなんて、銀行の自殺行為だよ。どうやって返してもらうのだね。

開発室長  保険金で借金は払ってもらえますし、最悪の場合でも、担保の土地を売却させて返済してもらえばいいんですから大丈夫ですよ。こうすれば銀行にとっては融資残額が減らないうえ、利息も貸すので、この分は、複利の利息になります。生保から手数料や協力預金などの見返りも考えられますからね。

頭取 
 万一返済できなくなって、担保の自宅を競売にかけなければならなくなるというのは、銀行としては、絶対に避けたいからな。銀行が、個人の自宅を競売にかけたというのは、外聞が悪いよ。

融資部長  それは、心配ないでしょう。個人への融資には、うちの子会社の保証会社の保証をつけさせることになっていますから。

頭取  保証会社に代位弁済させて、何かあったら取り立てもやらせる、か。

融資部長  銀行にとっては、リスクはなさそうだな。しかし、借り手側にしてみれば長期になればなるほど利息が嵩ばるのは、ちょっと考えれば直ぐ判るだろうし、不安になって・・・

開発室長  セールストークですよ、セールストーク。借りた方にとっては借金が減らないから相続税対策になるし、特別勘定の運用次第では相続税を払っても手許に幾らか残る、という点を強調する、つまり相続税の不安で押し通すんです。

頭取  こりゃぁあれだな。生保と連絡をとって勧誘についての共同研究会を持つ必要があるな。変額保険の勧誘は、銀行員はやってはいけないことになっているからな。日産生命の事件は知ってるだろう。スルガ銀行と組んで起こした・・・。あんな間抜けなことにならないようにな。

開発室長  はい。証拠を残さなければ、よいのです。その点は、全支店に徹底します。本店の情報開発本部には、三〇人の個人財務アドバイザーを置いて、支店をサポートする態勢もできています。

頭取  (考えながら)保険料だけでなく金利までも一括して融資して、満期になるまで元金据置。融資残高は減らず、金利は複利で年々増えてゆく。借り手にとっては手持ち資金ゼロで相続税対策になる――(ふと思い出して)今年の五月、大蔵省が生保を呼んで、金融機関との提携について何か指導したということがあったな?

融資部長
  五月頃ですか?・・・あぁ、「保険料ローンで財テクを勧めるというような、保険本来の趣旨を逸脱した、保険会社と金融機関との提携は自粛してほしい」というやつですね。あれは、養老保険です。変額保険についてはありません。

頭取  そうか。しかし、変額保険と組んでの相続税対策ということで金銭的にもぐーんと大きくなり、期間も死ぬまでということで一〇年も二〇年も元金据置の大型フリーローン、おまけにその間の利息も貸し付けるかな・・・。

企画室長  たしかに、MOF担からの報告ですと、他の銀行でも長期の元金据え置き型のフリーローンを始めようと思って大蔵省に打診したそうですが、大蔵省は、これを許可しなかったということです。

頭取  本当は、融資については金利以外は銀行が独自に企画して、販売できる建前になっているが、知ってのとおり、箸の上げ下ろしまで大蔵省は、細かく指導する。これに逆らえば、後が大変だ。大大蔵省が駄目だと言ったら、それに逆らってはできないよ。
ところで、他の銀行というのはどこだね。

企画室長  S銀行です。

頭取   まあ、あそこは、政治力がないからね。
当たれば起死回生だ。やってみるか。大蔵省の方も、うちが融資残高が五位だということで、気にかけてくれていて、何とかやりようがあるんじゃないかと言ってくれとるし、日頃の交際(つきあい)もあるしな。うまく取りはからってくれるだろう。―――出来るだけ早く始められるように準備し給え。専門家の間じゃ、この好況(バブル)もそろそろ頭天井であと一年持つかどうかと言われとる。バブルが崩壊したら客も警戒するだろう。それまでが勝負だからな。

融資部長
  はい。  
開発室長
        ――― 暗転 ―――


  《下手に進行役A・B登場》
進行役A  ノンフィクション劇場「騙す」も今回で四度目。一つのテーマで四回もやるなんて、又か、と思われちゃうんじゃないかと思うんだけど―――
(Bに)何故?

進行役B  えっ!?(ひそめ声で)いきなり振らないでよ。約束が違う。(元に戻って)そりゃぁ、今まで三回やったけど、被害者が救済されていないからだよ。
進行役A  救済されていないって・・・全然!?

進行役B  全然ってことはないと思うよ。こういう集会や被害の実態を多くの人に知ってもらう活動や、要請とか抗議行動をしたから競売を或る程度止めさせることも出来たし、和解も或る部分有利になったところもあるんじゃない。

進行役A  或る程度?・・・或る部分?・・・ということは大部分は救済されてない、ということ?
進行役B  ―――じゃないの?だからこうして「騙す」パートWをやる必要がある。

進行役A
  やったら変わる?

進行役B
  そりゃぁ、やってみなくては解らないよ。変わるか変わらないか・・・変わるって何が?

進行役A  裁判官や銀行や生保の態度が。質問しているのは私よ。やってみなくちゃわからないのにやるわけ?こんな手間暇かけて?

進行役B  しつこいな。解らないものは解らないの!!

進行役A  ?・・・

進行役B  ―――俺ね。この間弁護士さんの言ったことがすごく心に残っているんだ。弁護士さん、言ったよね。薬害エイズの訴訟の時のこと。提訴はしたけれど勝てる自信はなかた。全然ないとか少しはあるとかの問題じゃなくて、裁判だけで勝てるという自信はなかった。いくらかでも勝てる可能性があるとすれば、運動を拡げ、裁判長に被害の大きさを本当に理解してもらうよう働きかけをする中にしかないって。
 だから薬害エイズのことを知ってもらうための集会を毎年のようにやった。理解者や支援者になってもらうための訴えにも行った。ただ被害者が、顔も出せない、名前も名乗れないという間はなかなか広まらなかった。それが、川田君が本名を名乗って表に出てきてからガラッと変わった。
 支援者も増え、裁判長も五〇何人の被害者の訴えを真剣に聞くようになった。そうして裁判長も変わったって。―――俺、人間って変わるものだって信じたい。真実を見据える気さえあれば必ず変わるってことを信じたい。そこにこそ明日があるってことを・・・やだなぁ、柄にもないこと言わせないでよ。恥ずかしいなー。

進行役A  えらい!!見直したわ。

進行役B  元からだよ。

進行役A  それを言わなきゃ良い男なのに。(笑って)冗談は抜きにして、変額保険の被害者の方たちだって今まで色々な努力をしてきた。被害の実態を理解し支援してもらうために集会やビラまき、請願、要請、抗議、考えつくことは何でもやってきた。それで君が言うように幾らか変化はあるけれど、根本的なところは変化ないままって気がする。それは何故だろう?根本的な問題って何だろう?

進行役B  それを今日、皆さんと一緒に考えたいって言うんでしょ。

進行役A
  そう、その通り。裁判の進行見ても疑問に思うことが山ほどある。それを出来るだけ洗い出してみたいのよ。

進行役B  賛成。ところでちょっと聞きたいんだけど、先刻やられた芝居、銀行の会議みたいだけど、あれは本当のこと?

進行役A
  事実そのままじゃないけど、客観的な事実やデーターを組み合わせてみると、あぁいうような会議が持たれたに違いないと思われるので構成したシーンよ。何故?

進行役B  あれを見ていて、ここだ!と思ったんだけど、この融資一体型変額保険の問題を考える時、それが誰にとって、或いはどちら側に必要性があったのかを考えると本質が見えてくるのじゃないかと思うんだけど・・・。

進行役A  どういうこと、それ?

進行役B
  つまりさ、今の銀行の会議を見ていると、変額保険を融資一体型で売る必要性は明らかに銀行側にあるわけだよね、融資残高を伸ばしたいから。それと生保側。契約高を伸ばしたいから。

進行役A
  うん、判る。銀行は融資が落ち込んで資金がダブついていたし、生保側は定額型の生命保険が頭打ちで伸びなくなっていたからね。

進行役B
  でしょう!?一方、客の方はどうかと言うと、確かに相続税対策を樹てる必要性はあったけど一億以上もの金を借りてまでやる必要があったかどうか?

進行役A  うーん。それは判らないな。必要性のあった人がいるかもしれない。

進行役B  借入金の利息まで借りてかい?

進行役A 
 そうね。借入金がますますふくらんじゃうものね。そうなのよ、そういうふうにして高額の融資をしたお陰で三菱銀行は僅か三年で融資残高トップにのし上がったんだ。(大きな紙に書いたグラフを見せて説明する)ここが変額保険と提携する前で、ここが三年後。この異常な右肩上がりを見てよ。余程強引に勧誘しなければこうは伸びないわよ。

進行役B
  強引にというか巧妙にというか。とに再検討し直す意味でもう一度勧誘の様子を見てみよう。

■第二場 小林家の応接間
 上手台上溶明。ある家庭の応接間。父とその妻、銀行員F保険外交員Yがいる。

  度々お邪魔してすみません。この前お約束した相続税なんかの試算表を作ってきました。
   (に)あれを。(Y、試算表を渡す)
  母さん、よく聞いといてくれよ。相続税のことはあんたが一番心配しているんだから。

F  そりゃ奥様の方がごもっともですよ。土地はどんどん値上がりしてますからね。お宅様と同じくらいの広さの土地で二千万近くの相続税がかかってきて、二十年分割払いにしたなんで記事が新聞に出てましたからね。

妻  二千万!?たったこの位の土地で!?・・・

F  ええ。中には払えなくて土地の一部分を物納した、なんて人もいるそうです。

妻  そんなことしたら住めなくなるじゃありませんか。そんなに広くないもの、この土地・・・。

  それでお客様の場合ですが、この土地の路線価は約三億だから課税評価額は一億円ということになります。そうすると相続税は280万円。五年後十年後にはどうなるかというと・・・。

妻  それ、私が払うんですか?

F  奥様やお子様、相続人全部でです。それでです奥様、このまま高度成長が続くとすると評価額は毎年十%ずつ位上昇するんじゃないかと言われるんです。その考えで計算したのがこの数字です。五年後には相続税は1122万円。十年後には2977万円。十年後からは上昇率五%としても、二〇年後には6807万円ということになります。

父  6807万円!?

F  そこでお勧めしているのがこの保険なんです。君。(外交員Yに合図する)

  はい。ここを見て下さい。「特別勘定の運用利率九%と想定」、それから「借入金金利六%」とありますね。この二つを比較してみて下さい。当然のことですが九%で運用する保険金の方が借入金の累計の金額より多いことがお解りいただけると思います。

  この前もお話ししたように、相続発生時に保険金から借入金を払って、残った金で相続税も払えて、なお幾らか手許に残るというわけです。

父  この場合の、一括払い保険料というのかな、それは幾らなの?

  この試算表の場合は一億円です。契約保険金は二億。

F  大丈夫。小林様には一千もお金を出させませんから。

  どうして銀行がそんなに熱心に勧めて下さるの?うちなんか年金暮らしで貯金もあまりないし、銀行にとって良い客じゃないと思うのに・・・。

  日頃お世話になっているお客様への恩返しとでもいいましょうか。つまりサービスです。でも誰にでもというわけじゃありません。小林様だからお勧めしているんです。支店長からもきつく言われました。もたもたしていて省の方から販売禁止でも出たらどうするんだって。

  省の方から販売禁止?

  ええ。契約者の有利性が高すぎて不公平だから大蔵省が近々販売自粛の通達を出すらしいという情報が入ってきたものですから。―――で、どうですか、もうお決めになりませんか。私もいろいろ研究してみましたが相続税対策としてはこれ以上のものはないと思いますよ。

妻  でも一億なんて大金借りるなんて・・・。

F  まだそんなことを言ってらっしゃる。 一億だろうと二億だろうと九%で運用した保険金できれーいに返せるんです。だとすれば一万円だろうと一億円だろうと同じじゃありませんか。ただ、相続税対策ということでは借入金は大きい方がいい。資産価値が減れば相続税も少なくなる理屈ですから。

Y  九%の運用利率というのは大蔵省の指導なんです。当社の運用利回りは昨年の実績でいうと年五%なんですが、大蔵省の方からそんなに収益性が高いという売り方をしてはいけないという指導があって、九%という数字で説明しなければいけないことになっているんです。つまり最低ラインですね。それでも(と試算表を指さしながら)仮にお父様が五年後にお亡くなりになったとしますと、その時の保険金は2億4620万円。銀行からの借入金の元利合計は1億4034万円。相続税は2828万円。これらを差し引いて手許に残る金は7758万円という訳です。奥様、五年後に相続ということになった時、2828万円もの相続税払えますか。

  払えないわよ、そんな大金・・・。

  でしょう!?十年後二十年後になったらもっと高額になる。とても払えるもんじゃない。けどこの保険に入っていれば払えてしまうんです。相続税対策としては、もうこれ以上のものはないと思うんですがね。

  十年も二十年も借りっ放しでいいの?

  えぇ、元金据置ですから九〇才、100才といくら長生きされても、亡くなられた時に保険金で支払っていただければいいんです。借入金の利息分や手続その他の費用も全てお貸しします。小林様は自己資産が一銭もなくていいんです。私たちを信用して、すべてお任せ下さい。

 
 《上手台上溶暗》
 下手に進行役A・B登場。

進行役B  ねぇねぇ、この芝居は現実にあったことだよね?

進行役A  さっきと同じで、現実そのままじゃないけど、沢山の被害者の方に話していただいた当時の状況から、共通した部分を選んで構成したもの。多くの人が同じような勧誘の仕方をされているそうよ。

進行役B  これは大事なことだな。覚えておこう。ところで今の芝居で見る限り、銀行と生保とは完全に一体だよね?しかもかなりしつこく提案、勧誘している。

進行役A  でも裁判では一体と認めなかった。

■第三場 裁判所法廷

 《センター台上に裁判長》

裁判長  (判決文を読みながら)変額保険契約と融資契約は、契約する会社も契約の目的も違い、それぞれ独立して締結されるものであって、変額保険は銀行からの融資を受けることを契約の要素としているわけではなく、生命保険会社と銀行との間で変額保険の販売に当たり業務提携がされることが必要であるわけでもなく、相続税対策としても、保険契約者の側で
 両契約を利用しているにすぎないのであるから、変額保険契約と融資契約が同一機会に締結されることが多いからといって、両者が一体の関係にあるということはできない。

進行役B  ちょっと待ってよ!今のを見たら誰が考えたって銀行と生保は一体だと思うぜ。二人であんなに熱心に、九%は最低ラインで相続税も払ってお釣りがきますって勧めてたじゃないか。大体、一体になっていなかったら相続税対策にならないじゃない。自己資産で変額保険に入ったんだったら借金がないから相続税は減らないし、利息を払う金もないって人が、いくらフリーローンだからって、あぁそうですかって一所懸命働いてようやく手に入れた土地を担保に一億もの金を借りると思う?常識外れだよ、そんなの!

進行役A  裁判長の中には一体性を認めて原告勝利になった例もあるけど、そんなのはほんの一%。九九%は一体型を認めようしないし、リスクの説明不足も認めようとしない。

進行役B  それって何故?一体型を認めたら具合の悪いことでもあるのかな?だって融資一体型って大蔵省に許可されているんでしょ?説明不足が法律違反だっていうことは知ってるけれど。さっきのなんかおいしい話しかしてなかったね。

裁判長  たしかに、予想配当のみが記載された私製文書は、生保が契約を取るために有利な面を強調したという面はあるかと思います。しかし錯誤にはあたりません。なぜなら契約の際に渡されている契約のしおり・約款には『株価の運用の成果は、契約者に帰属する』と書かれてありますので、常識をもった人間ならばそれを読めばわかるはずです。

進行役B  わかりませんねー。だいたい、そんな言葉でわかる位簡単だったら、勧誘員に特別な資格なんていらないじゃないか。パンフレットだって収益性の強調ばかり書いてあるんだぜ。「収益性が重視されています」とか「生涯の備え、豊かなセカンドライフのために」とか。

進行役A  さっき融資一体型を認めたら具合が悪いことでもあるのかって言ったね。

進行役B  言った。

進行役A  あるのよ、きっと・・・。一時払いで相続税対策ということになると当然借入金額は大きくなる。一億以上だ。超大型フリーローンよ、ね。しかも十年も二十年も元金据置ということは、銀行の利子は複利計算だから実質金利は六%じゃなくて、どんどん上がってゆく。利息まで貸すということになると、利息が利息を生んで、十年以上になると元金が借入額の二倍を超えてふくらんでゆく。一方、運用利率の九%は複利じゃないから、そんなふくらみ方はしない。ということは、仮に運用が九%を維持したとしても、十五年後や二十年後には借入金の累計の方が、保険金プラス運用益を超す恐れがあるんじゃないか。運用利率が九%から落ち込んだら、とんでもないマイナスを背負い込む危険性がある・・・。

進行役B 
 現実にそうなった。

進行役A 
 いや、そういうことじゃなくて、一体型を認めるとそういう計算もしなくてはいけなくなるし、危険性も認めることになるんじゃないかな。だから一体型じゃなく単に提携しただけということにしておく必要があった・・・。

進行役B  そんなことまで気がつくかな?

進行役A  相手は金融のプロよ。生保も銀行も大蔵省の役人も、みんな金融のプロよ。気がつかないわけないじゃない。変額保険を持ち込んだアメリカでは、金利まで貸すなんて考えられないというし、一括払いも危険性が大きいから特別のことがない限りやらないという。そういう情報は全部つかんでる筈よ、彼らは・・・。

進行役B  分かっててやったとすると犯罪だぜ!?大蔵省の責任だって、すごく大きい。

進行役A  日産生命の教訓だってあるのにね。
進行役B  なに?その「日産生命の教訓」って?

進行役A
  一九八七年に日産生命が、銀行のローンと提携して一括払型年金保険を売り出した。

進行役B  一括払型?変額保険と同じだ。やはり相続税対策?
進行役A  いや、相続税対策にはならない。年金保険だし、ローンだから五年から十年位で返済することになっていたから。それでも売り出してから一年足らずで爆発的に契約が増えた。何といっても一括払いだから普通の月払いなんかより保険料の保証利回りがずーっと良いからね。けど本当の理由は別にあった。提携した銀行が日産生命をそっちのけでどんどん売ったからなの。

進行役B 
 それって法律違反じゃないの?

進行役A
  勿論よ。だから国会で取り上げられるような大問題になったのよ。あの頃のことを日産生命の元幹部だった人に聞いてみましょう。

■第四場 大蔵省の一室
 
《上手台上に元幹部。椅子に座っている》

元幹部  あれは参りましたね。スルガ銀行の行員の内部告発に端を発したのですが・・・。八八年の六月頃でしたか、保険第一課に呼ばれましてね。「スルガ銀行は、銀行法、保険募取法に違反して年金保険の募集を行っているのではないか」という質問状が来ているがどうなんだ、と聞かれましてね。
 その時は「届け出通り、保険は日産生命の募集人、ローン手続はスルガ銀行の行員が行っています」と答えたのですが、翌日また呼ばれて「昨日の質問はスルガ銀行の行員が証拠書類を添えて代議士に連絡しているので、全面否定は出来ない」というじゃあありませんか。返答につまったら課長が「一部行員の勇み足があったのものと思われる」と答えておいたと言われましてね。助かりました・・・。実はこの提携は許可を受けるとき、しつこく注意されてましてね。

  《同じ上手台上の一方の端に、保険課長FI。座っている。元幹部のスポットはFO》

課長  この一括払型年金保険は、貯蓄性の高い商品なので、財テク商品として利用されないよう、又、消費者トラブルを起こすようなシステムでないよう充分注意してほしい。最近の消費者は金融商品に大変関心を持っているから、ローンを利用することが本当に有利かどうかをよく検討してほしい。消費者に不利と判断されるものは除外するべきで、上の条件を満足できない金融機関との提携は好ましくない。

 課長のスポットFO。
 元幹部のスポットFI。

元幹部  スルガ銀行は派手にやってくれましたからね。こちらの都合などお構いなく、全店総力挙げて契約を伸ばすのに奔走した。独自のパンフまで作ってね。―――国会で取り上げられたこともあって保険部は、その後他の提携銀行についても調べた。そしたら調べた七行の金融機関全部が多かれ少なかれ似たようなことをやってローン契約を伸ばしていたーーー。調査をやる三ヶ月位前に保険部から「今後同様の事態が発生したら、全面自粛を含む行政指導も考えざるを得ない」という通告を受けていたから、自粛要請やら保険料ローンの「利用希望者紹介票」の整備やら、うちとしても精一杯手をつくしたのだが現場の方は相変わらず契約をとるのに必死。どの銀行も自粛しようとしない。とうとう十一月に保険部から指導を受けることになってしまった。

 課長のスポットFI。

課長 
 調査の結果は、極めて銀行法・募取法違反を推定し得る件数である。至急善処されたい。

 課長のスポットFO。

元幹部  (ひと息あって)この意味分かりますか。われわれは「大蔵省は、保険会社の販売体制に見合った契約件数の目安のようなものを持っている。突出さえしなければ大丈夫だ」と受け取りました。それでその線に従って銀行に要請を出してようやく問題はおさまったんです。・・・銀行にとって一括払い保険料の融資というのは、たまらない魅力だったんですね。融資額は増えるわ、手数料は入るわ、協力預金で運用規模は大きくなるわの三重のうまみですからね。一所懸命になるわけですよ。あの頃は全国どこの銀行も同じようだった。都銀は変額保険と組んだのだが同じでしたね、銀行がより積極的だったという点で・・・。

 元幹部のスポットFO。

進行役B 
 それでバブルが崩壊して運用が落ち込んで日産生命は破産というわけか。

進行役A 
 ちょっと違う。全国百数十の銀行が我も我もと売った。当然契約高は鰻登り。銀行側は手数料と協力預金を要求した。日産生命は一括で支払われた保険料を協力預金にまわす。ところが協力預金の金利は非常に低い。保険の保証利回りの何分の一でしかない。

進行役B
  ということは、一括払いの保険料を協力預金に回したら赤字!?

進行役A  ピンポン。日産生命箱の保険を売り出した当初から赤字だったそうよ。だから契約高が鰻登りになるにつれて赤字も鰻登り。それが破産の原因よ。

進行役B  ?・・・バカだね、日産生命って。売るのをやめりゃいいじゃない!?

進行役A  それが出来なかった。銀行が自粛してくれれば、そのうち何とかなると思ってた。ところが自粛しない。そこへバブル崩壊。もう、どうにもならなくなったってわけ。

進行役B  年金保険は担保は土地じゃないよね?

進行役A  土地じゃない。それにローンの期限も長くて十年で完済だから変額保険のような被害は出なかった。その代わり破産したから契約者の保険金は大幅に削られることになってしまった。

進行役B 
 ・・・銀行って貪欲だねぇ。ハイエナみたいなものだ。銀行法で言われている公共性・安全性・収益性ってどこにいっちゃったんだろ?

進行役A  でしょう!?銀行・生保のこういうやり方って絶対許せない。けど、もっと許せないのは分かっていて何もしなかった大蔵省―――あ、今は金融監督庁か。つまり行政機関。何もかも知ってたのよ。銀行や生保が法律違反やってたことも、違法な手数料とったり協力預金させてたことも、そのために逆ザヤになって経営がおかしくなっていることも・・・。時々生ぬるい口頭指導をしただけで本気で被害を食い止めようとしない。結局見て見ぬ振り。だけどそれで一番被害を被るのは国民なのよ。契約した人達だけじゃなくて国民全部よ。だって銀行再生だ、不良債権処理だって投入される何十兆円というお金は、みんなが払った税金だもの。それなのに・・・。

進行役B  あまり昂奮しないで・・・。落ち着いて落ち着いて・・・。

進行役A  (大声で)落ち着いてなんかいられますか!!―――(ケロッと平静に)と、ここで怒ったってしょうがないんだけど・・・。こういうことがあったのが一九八八年。分かる?大銀行が大型フリーローンの取り扱いを開始する直前。土地を担保にした融資一体型変額保険が売り出された直前なのよ。日産生命の一括払型年金保険事件から学ばなければいけない教訓がなかったと言える?融資一体型の危険性について分からなかったと言える?

進行役B  (考えながら)もし、まじめに消費者にとって有利かどうか、保険としての安全性があるかどうかを考えたら、分からなかったというのは大変な怠慢だと思う。

進行役A  そうでしょう。なのに国会議員四七名の要請で出された平成一二年の調査報告書ではこんな回答しかしていない。

■第五場 国会の財務金融委員会

 《中央前部の平舞台に金融監督庁の役人。
 下手平舞台に質問者》

質問者 
 (書類を見ながら)お聞きします。まず「生保各社が、積立年金保険及び変額保険の一括払い保険料を、金融機関のローンによって取り扱うことになった経緯について」ですが、生保各社から大蔵省に対して出された承認申請または、届出の時期と内容についてお話し下さい。
 役人  積立年金保険関係については、文書保存期間が過ぎていて、当庁における存在を確認できません。変額保険については、届出を求めていないので、当庁における存在を確認できません。

質問者  おかしいですね。変額保険については届出を求めていないというが、昭和六二年から半年ごとに、生保各社から大蔵省に報告されているはずですが・・・。

役人  ・・・・・。

質問者
  六三年に届出は廃止になったが、半年ごとの報告は義務づけられていますね。

役人  はい。

質問者  では分かるはずだ。報告があった生保各社の商品名や提携先金融機関名、月別の販売件数と契約高について、昭和六二年以降最近までのものをお出し下さい。

役人 
 文書保存期間が過ぎていて、当庁における存在を確認できません。

質問者  最近の分、例えば平成十年や九年の分もですか?

役人  ・・・・・。

質問者
  お答えがない――。次に、変額保険に関して、行政に寄せられた苦情の件数と主な内容についてですが・・・。

役人  それは別紙ABで提出してあります。

質問者  (別紙を見て)これですね。平成十年度が八件、十一年度が五件。内容はほとんど「リスクの説明不充分」―――ずいぶん少ないですね。国民生活センターに寄せられた数の五分の一だ。本当にこれだけですか?

役人  保険会社が特定できないものや、苦情内容が抽象的なものは記録に残していないものですから。

質問者  会社を特定できなくても苦情は苦情でしょう?調べようとはしなかったのですか?

役人  ・・・・。

質問者  次にいきます。銀行の「融資額五〇〇万円以上の大型フリーローンの販売」に関してお聞きします。まず、大型フリーローンの販売に関して、各銀行から大蔵省に報告された時期と内容についてですが・・・。

役人
  いわゆる大型フリーローンといわれる商品を含め、貸付商品については許認可及び報告の対象となっておらず、報告は受けていません。

質問者  個人に対して何億・何十億という大金が融資されても報告の義務はない?

役人  はい。

質問者  では、「大型フリーローン取り扱い開始以降、現在までの各銀行の月別、資金使途別の販売件数と契約高」については?

役人
  報告を受けていないので把握していません。

質問者  融資の在り方や状況について何も把握していないということですか・・・。金融機関を監督、指導するのに必要だと思うんですがね。

役人  ・・・・。

質問者  大型フリーローンの被害の実態に関してお聞きします。「変額保険に関して、昭和六一年から現在までの死亡保険金支払い件数金額、またそのうち自殺を原因とする支払件数と金額についてお答え下さい。

役人  死亡保険金支払件数と金額については別紙Cのとおり提出します。ただし、自殺を原因とする支払の件数、金額等については把握していません。

質問者  !?・・・・。次にいきます。「現在時点で各銀行が保有している大型フリーローンの契約件数と融資残高」について。

役人  報告を受けておらず、わかりません。

質問者  大型フリーローンに関して、各銀行の月別の競売申立件数について。

役人  報告を受けておらず、わかりません。

質問者  変額保険の認可、指導についてですが、「一時払い変額保険についての大蔵省の調査の時期と内容」―――この内容というのは、各生保の月別の一時払い変額保険の契約件数及び契約高とか、各銀行の変額保険に融資した、月別の契約件数と融資高等のことですが。

役人  そういう調査をしたかどうか確認できません。

質問者
  分かりました。要するに大蔵省=金融監督庁としては、変額保険の認可には関わったが、銀行の大型フリーローンのことや変額保険との提携の件については調査もしておらず、報告させてもいないということですね。一九九一年頃からバブルの崩壊が進につれて被害が大きくなり、新聞でも度々取り上げられてきているというのに、現在でも実態を把握しようとしていないということですね。分かりました。終わります。

 質問者、役のスポットFO。


進行役B
  何だい、今の返答は!?保存期間が過ぎてるからない、報告されてないから分からない、把握してない・・・。そんな馬鹿なことってある?バブルが崩壊して二年も経たないうちに苦情が多くなってるんでしょ?それなのに・・・・。

進行役A  新聞だって「過重債務を起こす恐れがある」って警告していた。

進行役B  それなのに、対策をたてる元になるデータを、保存期間が過ぎたから捨てた!?・・・金融監督庁って何を考えてるんだろう?何を監督する所なんだ?消費者の不利になることはやってはいけないというんだったら、止めさせるのが監督庁の仕事じゃないの!?

進行役A 
 本気でやる気がないから隠すんじゃない?薬害エイズのときと全く同じ構図だ。

進行役B  ?・・・・

進行役A
  薬害エイズの裁判のとき、「当時の書類は保存期間が過ぎたからない」って厚生省は言っていた。けれど菅さんが厚生大臣になって探させたら出てきたじゃないの。

進行役B
  あった、あった、そういうこと。

進行役A
  それと同じだっていうの。それともっと許せないのは、銀行と生保が手を組んで一括払変額保険を売り出した時、バブルはそろそろ頭天井にくるし、崩壊を始めるだろうってプロは言っていたのに、九%以上の運用益が続くなんて嘘を言って、沢山の契約者を巻き込んだこと。

進行役B  それって、頭の芝居でもちょっと言ってたけど、本当?株価が落ち始めたら分かるかもしれないけど、鰻登りの時には分からないんじゃないかな?

進行役A  証拠がある。平成元年というのは株価が鰻登りに上がってピークになった年だよね。それが平成二年春には大暴落した。バブルが崩壊し始めたわけ。その時、証券会社に何百億何千億というお金を一任勘定で預けていた――これを営業特金と言うんだけど――その、預けていた大企業が損失補填を受けたと言う記事が新聞にのったら、個人投資家が「自分たちにも損失補填をしろ」と要求した。その時、日立製作所の社長はこう言ったのよ。

 下手平舞台に社長登場

社長  うちのは損失補填じゃありません。損害賠償です。昨平成元年の株価の異常な高騰を、私たちは株価の頭天井とみた。公定歩合が三回も上がれば、市場の金利はどんどん上がるだろう。すれば株価は近いうちに下がるに違いないと分析したのです。だから野村証券に、営業特金を解消してくれ、全部売ってくれという指示を出した。ところが野村証券は売らなかった。その結果損害が出たから損害賠償をしてもらったのです。損失補填なんかではありません。

 《社長、退場》

進行役A  もう一つ。平成元年十二月二六日に、大蔵省の証券局が証券会社全社に通達を出したの。「営業特金をできるだけ早く解消せよ」という通達を――。(下手に向かって)それはもしかしたら、株価が下がるから、下がらないうちに営業特金を解消しろという、証券局の警告じゃないのですか?

 《質問の間に、下手に証券会社幹部登場》

幹部  私共はそう受け止めました。近い中に株価が暴落する。暴落すれば営業特金を預かっている大手企業全部に損失補填をしなければならない。そんなことになれば証券会社の財務内容が悪くなり、経営基盤を揺るがすことになって大パニックが起こる。そうなっては大変だから、今の最高値のうちに売り切ってしまえ、という意味の通達だと受け取りました。  (退場)

進行役A  これって、大蔵省のバブル終焉の通告書だと思わない?だって、株価が上下するのは当たり前の現象だから、普通ならそんな通達出さないでしょ?それが、出したということは暴落するということ、つまりバブル崩壊を意味するわけでしょ。

進行役B  だとすると、バブルも終わりに近いと分かっていて、あの融資一体型変額保険を認可し、売り出したということか・・・。九%以上の運用利率が続くなんて大嘘ついて・・・。

進行役A 
 間違いないと思う。最近分かったのだけれど、あの時期にバブルはもう長くないという分析をしていた金融のプロは、他にもいたのね。だから下の方の銀行員や勧誘員は分かってなかったかも知れないけど、少なくともトップの連中は分かっていたと考えるのが金融の世界の常識じゃないの。消費者金融のベテランなんかもそう言ってる。

進行役B  でも、ほとんどの裁判官はそう考えていない。
 
裁判長  平成元年から平成二年初頭にかけても、株式及び不動産価額の異常な上昇傾向は続いていて、基本的には将来的にもその上昇傾向は変わらないと考えられ、元本割れが問題となるような事態は生じないであろうとする見解が支配的であった。すなわち、いわゆるバブル経済の破綻は未だ予想されていなかったことは顕著な事実であった。従って勧誘員が、運用利回り四・五%、〇%の記載について、そのような低率な利回りになることを想像できなかったこと、及び勧誘員が使用した試算表の、運用実績が九%、借入金利が六%で推移する場合、相続税の節税対策となり得ることは鑑定人の証言によっても明らかであり、勧誘員の説明が右の程度にとどまったからといって、それをもって、同人に説明義務違反があったものということはできない。 (FO)

進行役A  裁判官は経済音痴だからねぇ。

進行役B  調べようって気がないのかな?

進行役A
  オリックスの社長の宮内さんが、こんなことを言ってるよ。

 下手台上に宮内氏。座っている。

宮内
  経済人から言うと、今の裁判官は経済のことを知らなすぎる。社会から隔離される日常生活を強いられているからでしょうが、もっと社会の中に入って、社会人としての常識をわきまえて法律を運用しなければいけない。特に経済行為についてはびっくりするほど無知です。
    私たちは取引全体の中で何が本質かを争うわけです。ところが司法の世界では法律の小さな解釈で結論が左右されてしまう。全体を見ればはっきりしていることでも、「契約書にこう書いてある」「この一行の文言を見たら違うのではないか」と言った争いになる。これではトリックの社会です。トリックを掛けた方が勝つような怖さがある。もっと利用者である国民中心の司法でないとね。   (FO)

進行役B  全体を見ればはっきりしていること、か。つまり、どちらに必要性があったのかを考えれば、本質が見えてくるというのと同じだよね。

進行役A  融資一体型で売る必要性。ハイリスクの危険性を言わない必要性。バブルも終わりだと分かっているのに、急いで大量に売った、その必要性。

進行役B  金融監督庁が銀行や生保をかばう必要性は?ノーパンシャブシャブ?

進行役A  
それもあるけど、それより幹部連中にとって金融業界は、重要な天下り先。

進行役B  じゃ、裁判官が銀行や生保の肩をもつ必要性は?

進行役A  わけの分からないその他大勢の肩をもつより、政治家と直結している銀行や生保の肩を持つ方が特だと思うからじゃない?裁判官の任命権は内閣にあるんだもの。でも裁判官はもっと法の根本に立って判断してほしいわね。監督庁だってそうよ。少なくとも自分たちが出した通達や指導がちゃんと守られているか点検・監督してほしいし、消費者保護の立場に立ってほしい。だいたい変額保険そのものが保険なのかどうか、もっと慎重に検討すべきだったのよ。

進行役B
  どういうこと?それ?

進行役A  保険の根本は安全性でしょ?変額保険の認可の時の審議会では、こういう意見が出ているのよ。

 下手台上のエリアに保険審議会の一部分が照らし出される。

立山委員
  変額保険の導入の問題というか、実施の問題ですが、十何年も前から実施を目指して前向きに検討しましょうということになっていたのに、なかなか実現しないという。それをためらわせる原因は一体何だろうということなんですが、ここにちょっと問題点は書いてあるんですが、何か実際に足を踏み出すのを業界、会社がためらう原因というのは一体どこにあるんだろうかという点を行政当局よりも業界の方にお伺いしたいんですが・・・

薮内委員  昭和四六、七年ごろに審議会から御指導があって、その時に変額保険については検討しなけりゃいけないということがあったんですが、従来の定額保険と大きく変わるだけに、変額というのは日本人になじむのか、ニーズがあるのか、或いはこういうのも保険といえるのだろうかとか、他にも財産業務の方法や税法上の問題とかいろいろ問題があるわけでして、従ってそういう問題を未解決のまま実施するよりも、むしろ保険の概ねを占めている定額保険について、まずキャピタルゲインを還元する方法を開くべきじゃないかということで特別配当を実施したわけでございます。一つにはアメリカの例なんかもありましたし・・・。これについては保険課長からお話しねがうといいと思いますが。

龍宝保険第一課長  十年前に御答申を頂きながら実施に踏み切れなかったのは、一つにはこれを求めるニーズがまだなかったという点がございます。それが高齢化社会になってきて生存保障の必要ということになると、これからは利回りを求めるニーズも出てくるんじゃないか。アメリカの例をちょっとお話ししますと、アメリカの連邦証券法は原則として保険を適用除外というふうにしておりますが、この変額保険だけは有価証券であるというふうな連邦最高裁の判決が一九五九年に出ております。これは、そもそも変額保険というのが保険であるかということで、十年位にわたって争われたわけでございますけれども、連邦最高裁は「保険という概念は、何らかの投資リスクを保険会社が負担をすることを意味するという前提に立てば、変額保険の場合は、その投資リスクはすべて契約者が負うことになるので、保険としての一つの条件がない」ということで有価証券という立場をとったわけでございます。

立山委員  日本の場合はどうなるんですか。証券局とは勿論相談なさっていると思うですが。

龍宝課長  証券局とは相談しておりません。というのは、アメリカと日本とではいろいろ違う点がありまして、アメリカは、証券は連邦の規制、保険は州の規制という、連邦と州との間の主権の相克というのが従来からございまして、これが米国特有の事情ですが、この辺は、両方とも政府レベルの大蔵省で規制している日本とは、相当程度事情が異なる点でございます。

立山委員  こういう変額という、いわばハイリスク、ハイリターンの商品に対するニーズというものが、最近は多くなっているんでしょうか?日本人は貯蓄型が圧倒的に多く、保険には安全性をまず第一に求めるという性行からから考えると疑問を拭えないんですが・・・。
龍宝課長  そのことは業界の方のほうがお詳しいと思いますが、私共の調査でもこういう保険を求める傾向が年々増えてきているのは事実でございます。それともう一つ、これは余りあれなんですけれど、現実に外国の会社がこれを持って日本に参入しようとしている、そういう意味での国際化、自由化に今や対応を迫られてしまったという、非常に現実的な話としてあるわけなんでございます。

竹内部会長
  今お話しに出たハイリスク、ハイリターンについてですが、この答申案に「自己責任に耐えうる基盤はできつつあるものと思われる」という表現がございますけれど、本当に投資リスクを契約者が負う基盤ができているかどうか、実際問題としてこの辺が難しい問題があるのじゃないか。高配当、高利は望むけれども、リスクまで自分が負うという考え方はまだ一般には行き渡っていないというような現状を踏まえまして、特にいろいろディスクロージャーの問題とか、募集体制の問題とか、この案でも相当考慮をなさっておりますが、実施に当たっては一層御留意を願いたいという感じがいたしますね。

龍宝課長  おっしゃる通りでございます。商品提供の場合にどういうディスクローズをするのか、保険の募集に当たる人が、変額保険の仕組みを、ことに契約者が資産運用のリスクを負担して保険金額が減少する可能性があるという、その不利益情報まで含めて、どれだけしっかり情報提供するのかというのが重要になりますので、充分注意していきたいと思います。

立山委員 
 ちょっと印象なんですが、今回の答申案を拝見した限りでは、金融の自由化、保険の自由化をもっと推し進めるべきだと言ってらっしゃると思うんですが、そうすると論理的に今度、保険会社の倒産ということが考えられますね、過去の例でいいますと――。その場合、つぶれる可能性のある保険会社に対する配慮が必要になるのじゃないか、それとも自由競争なんだから駄目なところはつぶれてもいいんだということにはなるのかどいうかということと、もしそうだとしても今度は、つぶれる保険会社に対する保険というものも考えないと、消費者が非常に不安になるのじゃないかと思うんですが・・・。

竹内部会長  ご最もだとおもいます。私も若い頃そういう意見を言ったら、当時の会長が「そんなことをぎちぎち言わなくても、ここに大蔵省の幹部がおられるのだから、適当にやるんだから心配しなくてもいい」と言われました。私は適当にやるんなら諮問なんかしなきゃいいじゃないかと、内心思ったんですけれども――。私は、わが国の保険行政というものは、従来いろんな事情があったにしろ余り自由でなかった。そういう中で、今、だんだん自由化の方向へ進みつつあるわけですが、今のご意見のような事態にならないように、大蔵省の方で万全に見ていらっしゃるということを前提にして、我々としては自由化の方向へ進んでくれという注文をされておると思っていますが、よろしゅうございますか。

龍宝課長  (笑いながら)はい。

 下手エリア溶暗。

進行役B 
 一応マトモに議論してるんだね。

進行役A  建前は、ね。けれど本当にマトモと言えるかどうか、保険法の規制だけで問題はないのか、アメリカの例まで話されているのに突っ込んで討論していない。老後の安全と保障を求めて入る契約者が、安全どころか保険金が減る危険性があると解っているのによ。それが第一。第二に、危険性があると解っているからディスクロージャーを充分しろと言いながら、一方では「自己責任に耐えうる基盤はできつつある」なんて言って、自由化の名のもとに保険会社に勝手にやらせてしまった点。

進行役B
  ちょっと待って――。勝手にやらせたというけれど、保険は大蔵省の許可を受けなきゃいけないんだろう?

進行役A  そうよ。

進行役B  ディスクロージャーとか、募集体制とか、その他いろいろな注意というか注文――つまり指導をするわけだろう、大蔵省は?

進行役A  そう。そういう監督指導する権限を持っている。

進行役B
  だったら変額保険で百万人以上ともいわれる大変な被害者が出た。その根本的な責任は、大蔵省にあるということになるんじゃない? だってさ、ハイリスクの危険性は最初から解っていた。けれど保険として許可した。危険を防止するために、有利性ばかり強調してはいけないとか、不利益情報まで含めて充分にディスクローズしろとか指導していた。けれど守られなかった。――守られているかどうか監督するのは大蔵省の責任だろう?

進行役A  でも大蔵省は逃げている。

進行役B  どうして?

進行役A 
 個々のケースを全て把握するのは不可能だという理由で。

進行役B  そんな馬鹿な?! 一番大切なことだって自分たちも言ってるじゃない。だったら何も全部を調べなくたって、実態を把握する方法はあるはずだよ。

進行役A  大蔵省はね。そういう調査をするときは、保険会社に報告書を出させるの。分かる保険会社自ら「違反しています」なんて報告をすると思う?

進行役B 
 日産生命の時みたいに?!

進行役A  そう。だから被害が起こって責任追及が始まったら逃げるしかない。変額保険と大型フリーローンの提携についても、一九八八年に銀行局の保険部長が「変額保険の加入のためにローンが用いられるのは、保険本来の目的を逸脱したものである」って言ってるの。けれど実施の時には、無視された。挙げ句の果てが、九七年に日産生命が破綻して国会で取り上げられた時、当時の保険部長が何て言ったと思う? 「個別の案件については、プライバシーの問題があるので答えられない」とした上で、「一般論では、金融機関が保険料の融資を行うのは問題とならない。問題があれば適切に対処している」・・・。適切に対処していなかったからこそ、日産生命のような被害や、変額保険その他の金融被害が続発しているというのに――。

進行役B  完全にアグラをかいてるね?! 何様だと思っているんだろう? 「全て公務員は、国民全体の奉仕者として、公共利益のために勤務し」なければいけないって憲法でも公務員法でも書いてあるのにさ――。

進行役A  解釈改憲がお得意だからねぇ、わが国のお偉いさん方は――。

進行役B
  一体どうしたらいいんだ?!裁判所も当てにならないし・・・。

■第六場 被害者に光を! 国賠訴訟へ


 銀行の貸し手責任を問う会の
野田正穂代表世話人は国賠訴訟への支援(←クリック)を訴えた


進行役A  (ゆっくり、断固と)国賠訴訟――つまり国家賠償を求める訴訟を起こすしかない。

進行役B  国賠訴訟を起こせば責任の所在が明確になって、救済される?
進行役A  結果を先取りしてはダメ!!――勿論、国賠訴訟を起こす第一の目的は、被害の救済よ。高齢の人が多いだけに急がれる問題だわ。ただ、この問題は裁判だけでは駄目だと思う。日本の裁判は非常に時間がかかる。一方では銀行は、不良債権処理を急げという政府の指示に従って倫理もモラルもなく競売をかけてくる。被害の救済にならない。やはり、国会で立法的解決を図るということがどうしても必要だと思う。

進行役B  弁護士さんもそう言ってた。

進行役A  そのためにも真相解明が必要になってくるけれど、真相を解明するためには沢山の被害者の人が集団で国賠訴訟を起こすより他に方法がないのよ。

進行役B  何故、集団でなければ駄目なの?

進行役A  今までの裁判はみんな個別だった。焦点になるのは説明不足とか説明義務違反。そうすると結局は、言った・言わないの水掛け論になってしまう。集団で提訴すれば個々のケースを比較検討することができる。疫病なんかの場合に使う疫学的方法よ。新しい疫病が流行った時、原因とか発生条件とか処置の方法とかを、沢山の例を比較検討することによって本質に迫ってゆく方法。変額保険の場合で言うと、被害の様相に共通点が非常に多いでしょ。どういうところが共通していて、何故共通しているのかということを探るだけでも個別じゃ見えなかったものが見えてくるんじゃないかと思う。

進行役B  そうすると、訴訟に参加する被害者が多ければ多いほど良いというわけだ。

進行役A  そう。数で圧力をかけるということではなくて、沢山の例を比較検討するという意味でね。けれど訴訟というのはいろいろ厄介なことがあるし、個人の事情もあるから、私たちがどうのこうの言えないことだけど・・・。

進行役B  今日は「銀行の場」から始まっていろいろなエピソードヤジ例が出てきたけれど、それらをつなぎ合わせて考えると国というか大蔵省の責任がものすごく大きいと思えるね。

進行役A 
 だから国賠訴訟を起こすしかないって言ってるのよ。国賠訴訟を起こせばもっともっと資料を出させることも出来るし、真相も解明できると思う。被害者の人達も、被害の救済は勿論だけど、同時に、どうして自分たちがこんな被害を受けなければいけなかったのか、その原因はどこにあるのか、防ぐことはできなかったのかというようなことを知りたいと思っているに違いないと思う。そういうことをはっきりさせることが出来ないようじゃ、日本という国に未来はない。数はそんなに多くないかも知れないが、このことで自殺しなければならなかった人のことを考えると、居ても立ってもいられない気がする。

■第七場 父の遺書


 《せりふの終わりにダブって、中央平舞台に、被害者の娘T登場。 FI》

娘T  父は亡くなりました。自らの命を自ら絶って・・・。あの日は、冬だというのに異常な暖かさで、何か胸騒ぎがしていつもより早目に父の家に行ったのです。お父さんと呼んでも返事がないし、寝室に行ってみたら寝ていました。まだ眠っているんだ、珍しいなと思いながらふと見ると、机の上に遺書が置いてあったのです。――一瞬信じられませんでした。
穏やかな寝顔で――嘘のような――。暮れに母が亡くなってからがっくり老け込んで、だから夫と相談して私だけでも父の家に住むことを決めたばかりだったんです。――遺書にはこう書いてありました。読ませて頂きます。
    『智子、迷惑をかけます。許して下さい』
     母さんが亡くなってから二ヶ月足らず。あの時あぁしてやれば良かった、こうするべきだったという後悔の念ばかりが頭を去来して、マンジリとも出来ませんでした。あんなにあっさりと此の世を去ってしまった母さん・・・。今から考えると、初めて競売通告を受けた時、母さんは長い間テーブルに突っ伏して動けませんでした。あの時直ぐに医者に診せていれば異常が発見されていたかも知れません。病院の先生が言っていましたね。強度のストレスが心臓や脳の血管をもろくしていたのじゃないかって――。悔やんでも悔やみきれません。
     悔やみきれないと言えば、変額保険に入ったこと自体がそうでした。何故もっと慎重に検討しなかったのだろう? 冷静に考えれば十年も二十年も好況が続くなんて有り得ないのに、うまうまと乗せられてしまったのです。変額なんていう変な言葉は一度も言わなかった。リスクなんて言葉も聞かなかった。利回りの良い保険という認識しかなかった。裁判長に、印鑑が捺してあるんだから分かっていたはずです、なんて言われても、銀行の書類や約款なんて素人の私には直ぐ分かるものじゃありません。そんなことくらい、裁判官だって判っているはずなのに――。結局、だまされた私の方が馬鹿だったからいけないということでしょうか?
     今更何を言っても愚痴にしか過ぎないかも知れません。でも、どうしても知りたいことがあります。それは、こんな危険なインチキなものを保険だといって、何故売ったのか? 考え出したのは誰で、どうして銀行があれ程積極的に売ったのか?大蔵省は何故許可したのか? こういうふうになる危険性が分からなかったのか? ということです。
     大蔵省は国民の味方だと思っていました。銀行も生保も信頼できるところとばかり思っていました。裁判所は我々の言う訴えを真剣に聞いて、公平に裁いてくれるところと信じていました。けれど今度のことで一八〇度変わりました。国も銀行も裁判所もわれわれにとって信頼できないところだと。
     でも、それじゃ私たちは何を信頼して、この国で生きてゆけば良いのですか?! 私は小さい時、両親兄弟と一緒に東京に出てきました。東京が空襲にあった時は火の玉が霰のように降る中を、伝令として駈け回りました。それでも怪我一つしなかった私は、自分を運の良い男、少しくらいのことでは死なない男と思いました。その自信が戦後の混乱期や復興期を生き抜き、働き抜く原動力になったのです。一所懸命働いて、三十代でこの土地を買った時、私は得意でした。友達で土地を手に入れた者はいなかったから――。
     私はお前も知っての通り、大して能力もない平凡な男です。でもたった一つ誇れるものがあります。それは他人をだましたり、信頼を裏切るようなことはしてこなかったということです。それが今また二回目の競売通告を受けた・・・。
     少し昂奮したかな?でも私は今、思ったより冷静です。智子。お父さんが死ぬ決心をしたのは全てに絶望したからじゃない。けれど「死ぬまでローン」の被害を抑え、お前たちがこの家で生活できる可能性を少しでも残すには、こうするのが一番良いと思ったからです。どう考えてもこれしかない・・・。
     智子。お前たちは若い。体力もある。こういう不正を正して、信頼と正義に支えられた社会を創ることが、いつかきっと出来るに違いない。その土台石の一つになれればお父さんは本望です。
     ・・・お父さんは卑怯だろうか? 弱い男だろうか? それならそれでもいい・・・。 庭のろう梅が白くきれいなお花をいっぱいつけています。この木はお前の誕生を記念して植えたことは知っているね。根付くか心配でしたが、見かけによらず生命力が強く、こんなに大きくなって毎年可憐な花をつけてくれます。丈夫な木です。でも時々は水をやって下さい。ことに乾燥がひどいときは。
     最後に、お前たちもこのろう梅のように、白く美しく、けれど丈夫で少しくらいの雨風に負けない人になってくれることを祈っています。

     智子へ         父より   』
 

《全出演者がグループ毎に舞台に登場してくる。詩の朗読の間に舞台をうめる》

人は愛することを知って 人間になった。
愛、愛、愛・・・・
 人間は信ずることを知って マネーを使い出した。
    信頼、信頼、信頼・・・・
 人間は思いやりを知って 秩序を作った。
    思いやり、思いやり、思いやり・・・・

  人間は正義を願って 法を作った。
    正義、正義、正義・・・・
 人間は争いの空しさを知って 助け合いを選んだ。
    空しさ、空しさ、空しさ・・・・

 なのに、今、マネーが牙をむく。
    何故だ?
 信頼がトゲとなって 突き刺さる。
    何故だ?
 正義がズタズタに切られ、身体を締めつける。
    何故だ?!
 
 人間は自らのコントロールを失って
暗黒の吹雪の中を どこへ行こうというのか。

 人よ、再び人間になるために
  愛を
  信頼を
  思いやりを
  正義を
  助け合いを

  取り戻そう!

人間であるために!!


 《朗読の間に、舞台は明るさを増やしてゆく。音楽高まる。
 朗読終わって、ゆっくり溶暗》