■朝日新聞2007.11.04付経済「補助線」欄
 銀行の貸手責任を読み解く 融資の「被害者」へ償いを
  


朝日2007.11.04


 「家を奪われるなら、屋上から飛び降りて自殺する覚悟でおります」。まもなく90 歳になる※※※※さんは、正月を待たず家を追われかねない。東京・世田谷の自宅が、みずほ銀行の抵当に入り、競売の手続きが進んでいる。

 「ご自宅の資産価値は8億円。相続対策をしなければ国に家を取られます」。20年 ほど前、みずほ銀行の前身、第一勧業銀行の行員が頻繁に訪れた。借金して不動産や保 険を買えば家は守れる、と何度も勧められ、総額1億9千万円の融資を受けた。
 後にバ ブル融資をあおったとして廃止される大型フリーローンだった。
  同居する長男夫婦が連帯保証人となり、銀行の勧めで借家を建て、アパートや変額生命保険も買った。
 だが返済は賃貸収入だけでは賄えない。「毎月欠かさず返済し、1億 4千万円払いました。でも元金は減っていません」

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 当時、この融資を進めた第一勧銀の支店長は、長男夫婦の大学のサークル仲間だった
。新設店を任された支店長は業績を上げるのに、友人関係をテコにした。

 いまは退職している元支店長は「お客様の身になって誠心誠意やったことで、厳しい 結果になりましたが、それは後藤さんの自己責任ではないでしょうか」という。

 大学教授である長男は、返済責任は十分承知しながらも、納得できない思いを杉山清次頭取に手紙で訴えた。

 「年金しか収入のない者に所得の320倍も貸し付け、リスクの説明はないまま多額
を貸し込み、状況が変わると、相続税対策と勧めておきながら、存命中なのに家を渡せ
という。私たちは無一文で放り出される。銀行は貸手責任をどう考えているのか」

 これに対し、銀行は「話し合いに応ずる」というが、全額返済を求め、競売も取り下
げていない。

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 米国のサブプライムローン危機も、住宅ローン借り手の資力を無視した銀行の過剰融
資が原因だった。米政府は貸手責任を追及する一方、銀行への資金の支援と並行してロ
ーン債務者の救済と金融の規制強化に乗り出した。

 日本では、信用秩序の維持が強調され、銀行は公的資金で救われた。みずほグループ
は、公的資金の返済を終え、旧経営者への退職金を支払うことを決めた。一方で、推定
100万人と言われる提案融資の「被害者」は置き去りにされた。第一勧銀の別の支店
長だった作家の江上剛さんは「銀行が本当に反省しているなら、迷惑をかけたお客様へ
の償いをすべきです」。

 利用者保護をうたう金融商品取引法はできたが、銀行の融資業務などは対象外だ。貸
手責任は明示されず、金融消費者の権利はいまだ夜明け前である。

 (朝日新聞編集委員 山田厚史)