■連帯保証制度の改正についての意見書(2004.11.5)
          銀行の貸し手責任を問う会
             代表世話人  野田正穂(法政大学名誉教授)
             事務局長    椎名麻紗枝(弁護士)

 政府、法務省は、現行の連帯保証制度を見直しして、民法等の1部を改正する法律案を今国会に提出した。法務省の提案している法案の柱は、根保証契約は書面によること、保証の限度額を定めない包括根保証契約は無効とするなどである。
 しかし、当会は、1996年に発足して以来、金融消費者保護法の立法化とバブル期に銀行の押しつけ過剰融資による銀行被害者の救済を目指して活動してきた立場から、今回提案される連帯保証の改正法案をみた場合、法案の内容は、まったく不十分と言わざるを得ない。

1、現状認識の不十分さ

@、連帯保証の現状に対する認識の不十分さ
 第一に、法案の内容が不十分な原因は、なによりも政府、関係省庁には、現行の連帯保証に関する現状認識がきわめて不十分なことにある。政府は、連帯保証なかんずく包括保証の悲劇は、中小企業の経営者に起きている問題だとしか受け止めていない。たしかに、中小企業の経営者が、会社の連帯保証をしているために、会社の経営が破綻したあとも、連帯保証の重い足かせのために、経営者として再起を図るチャンスを失ったり、社会生活を営む基盤すら失うような悲劇的な結末を迎えることは少なくない。
 しかし、包括保証の悲劇は、中小企業の経営者にだけ起きている問題ではない。バブルの時の過剰融資を生んだ大型フリーローンが、従来の中小企業の経営者の包括保証とは異なった包括保証を大規模に発生させたからだ。バブル期以前は、銀行が個人に融資するのは、住宅ローンやアパートローンなどの特定取引であり、企業に貸し付けるような当座貸し越しをしていなかった。したがって、個人に対する貸付では、銀行は、包括保証をとる必要はなかった。しかし、バブル期に銀行は、融資先拡大のため、個人に対し不動産担保の大型フリーローンを売り出し、積極的な「提案融資」を行った。大型フリーローンは、銀行の融資の鉄則とされた「資金使途の確認」「過剰融資の排除」が取り払われ、不動産担保さえあれば、資金使途も年収も問わないというものである。銀行は、大型フリーローンを使って、融資を繰り返して、融資高を増大させた。ほとんどの人が、銀行から数口の融資を受けている。しかも、不動産の担保価値さえあれば、年金暮らしの高齢者に数億円の貸付を行うことすらしている。個人の貸し付けに対する包括保証は、このような銀行のバブル期の過剰融資の落とし子というべきものである。
 しかし、当時は、銀行のこのような変質は知らなかった人がほとんどである。これまでの銀行の個人への貸付は、住宅ローンなどの特定取引だけであったから、当然特定取引だと考え、連帯保証を引き受けたのだ。ところが、後で、銀行から、予期せぬ金額の債務の弁済を請求されて、その時になって初めて、包括保証をさせられていたことを知らされる。そもそもこの大型フリーローンは、当時銀行内部でも、この大型フリーローンは、潜在的不良債権をつくるものだと警告されていたものだ。しかし、融資拡大に躍起となっていた銀行中枢部は、これらの声には耳を傾けず、相続税対策を口実に、変額保険をはじめ、株投資、海外不動産投資などありとあらゆる資金使途を提案して、融資に狂奔した。売られた大型フリーローンは、100万件以上にのぼるといわれた。99年12月に「銀行生保など金融機関の行き過ぎた営業活動における個人債務者の被害に関する予備的調査要請書」にもとづく金融機関からの調査報告でも、まだ60万件も残っている。当然これに比例し、包括保証のトラブルが多発しているのだ。
 ところで、会社の借入に会社経営者が、連帯保証をしたばあいと、個人の借入に連帯保証人になった場合とでは、保証人保護の必要性は、個人の借入の連帯保証人の方が大きいと言える。会社経営者であれば、会社借入は、自分の経営する会社のためであり、会社経営者にとっても利益がある。しかも、会社経営者は、会社の経営内容、借入状況等を知りうる立場にあるし、経営についても責任があるのだから、会社の借入について連帯保証を求められることはやむを得ない。いわば会社経営者の連帯保証は、自己責任の部類に属すると言ってよい。それに対し、個人の借入に包括保証した場合は、これとは全く異なる。
住宅ローンのように特定の債務の保証であれば、それが弁済されれば、連帯保証人の責任はなくなる。仮に、弁済が完了していなかったとしても、保証人の責任は、残債務についてだけである。また、住宅ローンのばあいには、住宅が担保になっているので、住宅を処分した残りの債務についてのみ責任が及ぶ。それと比べ、包括保証は、保証額も定められず、また、保証期間も定められていないものだから、保証人の責任は、はるかに過酷である。債務者の資力の悪化や、取引の変更など、連帯保証人には予測できない事情の変化が起こっても、連帯保証人には、それに対応する手段を持たない。主債務者の経営や資力の変化を必ずしも、把握出来る立場にあるわけではない。主債務者が、事業に失敗したとしても、それは連帯保証人の責任ではない。親子の場合でも同様である。
 特に、バブル期に、銀行は、債務者の子どもらに形だけだからと言って、連帯保証をとったケースが多い。当時、学生だったり、サラリーマンになったばかりの子どもらを連帯保証人にしたのだから、銀行は、これらの連帯保証人からの返済はあてにしていなかった。銀行は、不動産の担保価値に目をつけて貸したのである。ところが、バブル崩壊後、担保にとった不動産の価値は下落し、それを任意売却させ、あるいは競売にかけても、貸付金の全額回収はできなくなった。一方、あてにしていなかった連帯保証人の方が、大学を卒業して、弁護士になったり、医師になったりして、それなりの収入を得るようになった。そこで、銀行は、これらの連帯保証人に、過酷な請求をするケースが増大しているのだ。
不良債権処理による被害は、第二ラウンドにはいった。主債務者に対する競売処理を終わり、残債務の取り立てのために、連帯保証人に対する過酷な取り立てを始めたのだ。
こういう現状を踏まえて、包括保証による被害の発生を防止するだけではなく、今、現に苦しんでいる被害者の救済も視野にいれた立法的解決が急務である。

A、連帯保証の裁判の現状に対する認識の甘さ

 第二に看過できないことは、政府の連帯保証についての裁判の現状に対する認識の甘さである。政府は、裁判に訴えれば、連帯保証問題は妥当な解決をみていると考えているが、
銀行被害者やこの問題に取り組んでいる弁護士の認識とは全く逆である。銀行の貸し手責任を問う会に寄せられた相談でも、銀行の貸金請求訴訟で、主たる債務者はもち論、連帯保証人が、勝訴した事例は、数える程しかないのである。この点についての政府、法務省の認識が正しいのか、あるいは銀行被害者やこれらに取り組んでいる弁護士の認識が正しいのかは、過去10年の連帯保証をめぐる裁判例の統計をとれば明らかになることである。その際、業態毎の分類は不可欠である。
 連帯保証に関する裁判例も、サラ金、商工ローンには、厳しい判決が出ている例もあるが、銀行に関しては、連帯保証人をほとんど勝たせていないのが、現状だ。松本恒雄一橋大学教授は、金融被害に関する判例の傾向として、業務に対する差別偏見があることを指摘されている。同教授は、先物取引、証券取引、銀行取引の金融被害のうち、裁判所が課する業者への注意義務は、先物取引に一番厳しく、次に証券取引、銀行取引には一番甘いことが特徴であると分析されている。ここ数年、その傾向はいっそう強まっている。常々日本の裁判所は、行政追随であると批判されているが、銀行との裁判を経験した多くの当事者は、不良債権処理が、国策となっていることから、裁判所は、銀行の取り立ての代理に堕してしまっていると批判している(当会編の「怒りの手記第3集、第4集)。
前述したとおり、不良債権処理が強行され、主債務者に対する競売処理が終わりつつある今、銀行(あるいはこれを譲り受けた金融サービサー)は、第二段階として、残債務の取り立てのために、連帯保証人に対する過酷な取り立てを始めたのだ。
こういう現状を踏まえて、包括保証による被害の発生を防止するだけではなく、今、現に苦しんでいる被害者の救済も視野にいれた立法的解決が急務なのである。
 03年6月、銀行被害者らの要請をうけて、中津川博郷、前田雄吉衆議院議員ら87名の衆議院議員も、連帯保証の実態を正確に把握するために、「金融機関などからの借入の連帯保証の実態に関する予備的調査」を行った。
 そして、最高裁に対しては、連帯保証に関する裁判(勝敗)の統計を求めたところ、最高裁は、次のように回答し、調査を拒否した。
 「なお保証債務履行請求訴訟の件数を特定しようとしても、保証債務履行債求訴訟を、主債務者に対する貸金返還請求訴訟と別々に提起した場合には、統計上は「金銭を目的とする訴え」という大分類のうち、売買代金支払請求訴訟や貸金返還請求訴訟等を除いた「その他」の事件という小分類に含まれるため、保証債務履行請求訴訟の件数のみを特定することはできない。したがって、保証債務履行請求訴訟の件数を調べるためには、1審で受理したすべての民事事件についての事件名を手作業で調査する必要があることとなる(平成14年度の民事通常事件は約14万件である。訴訟記録は、事件の分類毎に保管されているわけではないので、統計上「その他」に含まれる訴訟記録のみが一緒に保管されているわけではない。)。さらに、仮にそのような調査をしたとしても、連帯保証人に対する保証債務履行請求訴訟は、「保証債務履行請求事件」という事件名が付されているとは限らないから、各訴訟に保証人に対する請求も含まれるのかは、事件名、主文、請求の趣旨等では分からず、結局個別の訴訟記録を読んで、その内容を確認しなければならない。そのような調査を行うことは、多大な事件と労力を要することとなり、裁判所の本来の職務に差し支えるおそれがある。」
 しかし、これらの調査にそれほどの膨大な労力と時間を要するとは思われない。
 通常民事事件の中から、貸金請求事件を選り分けることは簡単である。裁判記録の表紙を見れば、「貸金請求事件」「求償金請求事件」など事件名が書いてあるので、貸金請求の訴訟かはすぐわかる。貸金請求訴訟では、一般に主債務者が破産したり、主債務者が死亡し、その相続人が相続を放棄したばあいなどを除き、連帯保証人だけに訴訟を起こすことはない。
 だから、借り手とされる当事者が複数いるかどうかをみれば、連帯保証人にも請求されているかがわかる。事件の表紙でわかることである。そして、その連帯保証人に対する関係で、判決主文と銀行側が請求している金額とをくらべて同額であれば、銀行側が全面勝訴、減額されていれば銀行側の一部敗訴、まったく認められていなければ、全面敗訴であることがわかる。判決文を全部読まなければ分からないというものではない。おそらく、1件あたり、2分とかからない。
最高裁の全国の地裁に提起された貸金請求訴訟は、別表2のとおり、平成15年は1万4259件である。10年さかのぼっても、合計16万4459件である。1件2分としても、82229分、時間にして、1370時間である。8時間労働として、171日かかるが、5人で担当すれば、1ヶ月でできる。この仕事は、裁判官でなければできないものではない。最高裁のいうような本来の職務に支障がでるようなことはない。
 司法の独立は、もちろん重要であるが、同時に、裁判所が独善的でよいわけではない。最高裁は、国権の最高機関の立法府が、立法事実の調査のために、国政調査権の一環として行った予備的調査に対して、誠実に応ずる憲法上の義務がある(憲法99条、同41条、同62条)。

2、連帯保証制度の問題点

@、政府案の不備

a、包括保証に関する不十分な改正案
 政府案の眼目は、極度額の定めのない包括保証は、無効とするものにすぎず、概括的な連帯保証人を保護するという規定はなんらない。

b、元本確定期日の導入
 従来学説は、包括根保証など保証期間の定めのない保証契約については、相当期間経過したばあいには、解約権が発生すると考えるのが一般的である。この相当期間は、身元保証に関する法律が、身元保証契約は、5年を超えることを得ずとされていることから、これを類推適用して、5年を経過すれば解約権が発生すると解している。
 これに対し、今回の政府法務省の包括保証について民法の改正案は、解約権ではなく、新しい元本確定制度を導入している。つまり、元本確定期日を最長5年、定めていないばあいには3年とし、元本確定期日を変更しないかぎり、元本確定期日の到来により、その時点で、元本確定にともない保証債務も確定することになるとしている。
包括保証人の解約権のばあいは、連帯保証人が保証契約を解約しても、当然には、主債務者の取引が終了するわけではないのに対し、元本確定のばあいは取引が終了し、主債務者も、その時点で、期限の利益を喪失し、借入金全額を返済しなければならなくなる。
 金融機関にとっては、保証人の一方的な解約権の行使を認めると保証のない状態になって都合が悪くなる。元本確定であれば、元本確定期日の変更に応じるか否かは、銀行の裁量であるから、銀行は、主導的な立場を維持できる。金融機関にとっては、元本確定期日が到来した時点で、主債務者の信用状態が、良好であり、かつ保証の継続がなされるばあいに限って、元本確定期日の変更に応じればよいことになる。そうでないかぎり、期日の到来により自動的に元本は確定され、取引は終了する。銀行は、貸しはがしという批判も免れられる。今回の政府案の元本確定制度は、銀行にとって、きわめて都合のよい改正であると言える。
 ところで、元本確定期日の定めは、その期間が到来すれば、連帯保証人の責任範囲が定まるというメリットはあるが、一方、債務者は、元本確定されると、一括返済しなければならなくなる。通常は、主債務者が、一括返済などできないから、主債務者は、借入期間を延長してもらうためには、連帯保証人に保証の更新を頼みこむことになる。保証人の立場から、とても更新を断ることはできない。元本確定されてしまえば、主債務者の息の根を止めてしまいかねない。主債務者の息の根を止めてしまえば、即刻連帯保証人にその責任追及が及ぶ。
したがって、連帯保証人を保護するものとしては、元本確定期日よりは、連帯保証人に解約権の行使を保障するほうが連帯保証人の保護にはなる。解約権の行使によって、主債務者の立場に変更を与えるものではないので、連帯保証人も保証期間が経過したら自由に保証契約から脱退できるからである。ただ、解約権のばあいは、連帯保証人が解約権を行使することが必要であるが、連帯保証人が解約権を知らないで、これを行使しないことがありうる。むしろ、そういうことが多いであろう。そのためには、連帯保証人が解約権を行使する機会を失わないよう、金融機関に、保証契約締結前はもちろん、保証期間の到来する6ヶ月前に、連帯保証人に解約権の行使が可能であることを告知する義務を課せば、その弊害は除けると考える。

A、政府案の問題点
 政府では、今後包括保証契約を禁止するというもので、これまでの包括保証契約は有効とされるから、現在包括保証で苦しんでいる連帯保証人の保護にはならない。
現に包括保証で苦しんでいる保証人の保護についても、立法的措置をとって、救済をはかるべきである。
具体案としては、破産手続きにおける免責に準じた免責基準を検討されるべきであると考える。

3、連帯保証人の保護についての法的整備の必要性

@、保証契約における適合性の原則
 人生経験において未熟で、また経済的にも自立していない学生などの若年者や、貯蓄や年金を老後の生活資金にしようとしている高齢者は、いずれも資力において、また判断能力において、成人と比べて、劣るものであるから、これらの人に保証人の責任を負わせることは不適当である。
 平野裕之教授は、「保証人の資力や収入との関係で、債務者の取引量などからして万が一のばあいには保証人さらにはその家族を破滅に追いやる危険性があるばあいには、そのような保証人との保証契約を回避したり、保証人の責任を限定したりすべきことが義務づけられよう。製造物責任で、警告すればどんなに危険な製品を作ってよいわけではないのと同様に、警告義務を尽くせばそれでよいのではなく、そのような者を保証人に背っず、資力に応じた限度額を設定するなどの義務が認められるべきである」とされる。
 なお、債権者の利益を考慮する見地から、民法450条1項は、保証人の条件として、「債務者が保証人ヲ立ツル義務ヲ負フ場合ニ於テハ其保証人ハ左ノ条件ヲ具備スル者タルコトヲ要ス
1、能力者タルコト
2、弁済ノ資力ヲ有スルコト
これは、債権者の利益のために、無資力な保証人を排除しようとするものであるが、保証人の保護の見地から、保証人にも「適合性の原則」が認められるべきである。

A、債権者の連帯保証人保護義務
 連帯保証契約は、債権者は、一方的に利益を得、連帯保証人は、一方的に不利益を受けるという相互性のない不公平な契約である。契約正義と言った観点からは、契約自由、自己責任、契約拘束力の原則をそのまま、適用してよいはずはない。
商取引であれば、契約をするのは自己の自由な意思決定にもとづき行うものだから、その結果についても、自己責任がともなう。契約するかどうかの意思決定に必要な情報は、自己責任で集めるのが原則であり、それを怠り、自分の予期しない結果を招いたとしても、詐欺、脅迫などの事情がない限り、契約の拘束力を免れない。ところが、保証契約は、保証人にとっては、主債務者のために行う無償のいわば一方的に義務を負担する片務行為である。片務契約である保証契約に、契約当事者が相互に権利、義務関係(双務関係)を律する「商取引の原理」を適用することは妥当ではない(平野裕之著「保証人保護の判例総合解説」7頁、信山社)。
 保証契約がされた力関係、専門的能力、主債務者に対する経済的影響可能性、情報取得可能性などを考えると、債権者には、可能な限り、保証人の利益を保護すべき義務を認められるべきである。そして、これが尽くされたばあいに、またその尽くされた限度に応じてのみ、自分の本来負担すべきリスクを保証人に転嫁することが許される。債権者と保証人との間で、交渉力、情報面での対等性が実質的に確保されていない状況下において、債権者側で作成、使用された契約書(約款)が用いられたばあいには、保証契約の内容について、保証人に開示され、保証契約の内容を明確に認識できる機会が与えられなければならず、保証契約を締結するかどうかの決定にとって重要な情報を得る機会を与えられずに、締結された契約には保証人は拘束されないと解すべきである。とりわけ、交渉の経緯を考慮しても、保証人が予測できないような契約条項(不意打ち条項)は、保証契約の内容とはならない(前掲書)。

A、義務の内容

@、保証契約を締結する際の債権者の義務

a、説明義務
あ、保証意思の確認
一般に保証契約書に保証人として、署名捺印したからと言って、他人の借金を自分が肩代わりしなければならないことを十分認識しているわけではない。主債務者はもち論、保証人には迷惑をかけないと言うのが常だし、また銀行も、形だけだからと説明することが多いのである。銀行は、保証人に保証の意味を十分に説明した上で、保証する意思があるかどうかを確認する義務がある。
い、説明義務、消費者契約法は、説明義務を努力義務としてしか規定しておらず(同法3条)、また、金融商品の販売等に関する法律も、預金などについては、金融機関の説明義務を認めているが、融資は、金融商品の販売とはみなされていないため、説明義務が規定されていない(同法3条、2条)。また、銀行法も、預金などについては、銀行の説明義務を規定しているが、融資については、直截的には説明義務を定めていない。同法12条の2の第2項で、これ以外のものについては、内閣府が定めるところによるとして、政令に委ねている。
 03年から、金融庁も、事務ガイドラインを改正して、銀行に対し、与信取引についても、顧客に対する説明義務を徹底させるよう指導している。
 バブル期以前は、個人向け融資は、特定取引だったので、その連帯保証をめぐるトラブルも、ほとんどが、保証意思の有無が争点で、説明義務はあまり問題にならなかった。ところが、バブル時に、銀行が、融資高を増やすために、個人向け融資に力を入れ、とりわけ不動産担保の大型フリーローンによる過剰融資に走ったが、大型フリーローンは、当座貸し越しであるため、追加融資が幾度も行われ、必然的に銀行は、連帯保証人からは、包括保証を取る必要があった。
 しかし、銀行内部では、与信枠は定めていたのかもしれないが、主債務者にも、貸付限度額は知らされていないことが多いし、ましてや、連帯保証人に知らされたケースは、皆無と言ってよい。そもそも、バブル期以前は、銀行が個人に融資するのは、住宅ローンやアパートローンなどの特定取引であり、企業に貸し付けるような当座貸し越しをしていなかった。だから、誰でもが、個人への貸付は、当然特定取引だと考え、連帯保証を引き受けたのだ。ところが、後で、銀行から、予期せぬ金額の債務の弁済を請求されて、よくよく聞いて見ると、包括保証をさせられていたことがわかり、びっくりすることになるのだ。勿論、びっくりするだけではすまない。博多で、内科医を開業していた医師のばあい、いとこに頼まれ、1000万円の借入の連帯保証になったところ、それから、10年近く経ってから、銀行から、4億円のいとこの借金の請求をされて、夜も眠れない日が続き、それが原因で、精神科に入院するまでに追い込まれたケースもある。
 銀行は、いずれのケースでも、包括保証の意味も説明していない。だから、最近の連帯保証をめぐる裁判は、包括保証のリスクについての説明義務をめぐってトラブルになっているケースが多いのだ。
 みずほ銀行から、訴訟を起こされたAさんが、署名した旧富士銀行の保証書は、とてもわかりにくいものだ。一読して、内容を理解することは難しいものだ。国会でも、幾度も問題にされ、竹中金融担当大臣(当時)も、見てもわからないねと答えたということだ。しかし、裁判では、そのようなわかりにくい保証書でも、連帯保証人は、注意深くよめばわかるはずだし、わかった筈だという理由で負けているのだ。
 今、不良債権の処理は第二ラウンドに入った。つまり、担保処分が終わった後、連帯保証人への取り立てが始まったのだ。
これまで、銀行の貸し手責任を問う会が主張してきたように、一口に不良債権と言っても、不良債権を生じさせた原因が、債務者の側にあるのか、あるいは、債権者の側にあるのか、或いは、不可抗力によるのか、それらを分類した上で、不良債権の処理ははかられるべきだ。ところが、政府、金融庁は、そのような区別をせずに、銀行に対し、不良債権処理の大号令をかけ、銀行も、生き残りをかけ、その不良債権処理のために、みずからの責任は棚上げして、押しつけ過剰融資の被害者の自宅などに不当な競売をかけてきたのだ。  しかし、競売が一巡したが、なお残債権が残ってしまっている。そのために、残債権を今度は、連帯保証人から回収するために、連帯保証人に対して、裁判をかけ、裁判所の庇護のもとに、勝訴判決を得て、銀行やあるいは債権を買い受けた金融サービサーは、連帯保証人の自宅に競売をかけたり、給与の差し押さえなどの強硬手段に打って出てきている。あらたな二次被害が続出しているのである。
連帯保証の問題は、古くて新しい問題なのである。

b、保証契約書交付義務
銀行の契約書は、主に差し入れ方式である。契約書は、当事者双方が互いに署名して契約するのに、銀行との契約書は、一方的に、債務者あるいは連帯保証人が、契約書に署名捺印して、銀行に差し入れする形式のものが多い。しかも、最近まで、銀行は、その契約書の写しさえ、債務者や連帯保証人に交付しないことが多かったのである。ところで、ノンバンクについては、貸金業の規制等に関する法律で、書面の交付を義務づけている(同法17条1項)
また、平成12年に、商工ローンの根保証が社会的な問題になり、保証人に対して、その都度、貸付の内容を明らかにした書面を交付しなければならないとされた(同条4項)。
しかし、銀行取引については、契約書の交付を義務づける明文の規定がない。

c、主債務者との取引状況、信用状態についての説明義務
主債務者の債権者との取引内容、実績または主債務者の信用状態などについて過去どのような状況であり、現在どのような状態にあるのか、債権者は自分の把握している情報を一切提供すべきである。特に契約締結の際に、既に主債務者からの債権回収が危ういことが明らかなばあいは、警告し、それでも保証する意思があるかを確認すべきである。情義的な関係から保証をするようなばあいには、債権者が主債務者の経営状態などにつき、調査し、情報提供して、はじめて保証人へのリスク転嫁が許されるというべきである(平野前掲書23頁)。

d、その他、保証の意思決定に重要な事項の説明義務
 他の担保の存在、既存債務の存在、額など、保証意思決定に重要な事項について、保証人に説明して、誤解をしていないか確認する義務がある(平野前掲書23頁)。

e、熟慮期間を与えるべき義務
 連帯保証契約は、時として、連帯保証人の生活を破綻させてしまうリスクの高い契約である。しかし、連帯保証契約の特殊性は、無償制、情誼性だけではなく、軽率性もあげられる。連帯保証人は、よもや、他人の借金を自分が肩代わりして支払わなければならなくなるようなことはあるまいと考え、安易に保証書に署名してしまっているケースが多いのである。だから、連帯保証人には、家族、知人あるいは専門家にも相談できるだけの熟慮期間を与えるべきである。

A、契約締結後の債権者の保護義務

a、解約権の告知義務
前述したとおり、金融機関は保証契約の締結前と契約締結後、保証期間が到来する6ヶ月前に保証人に対し、解約権を行使すれば保証契約は解約できることを告知しなければならない。

b、連帯保証人に不測の損害を被らせることのないよう債権管理を適正に行う義務
債権者が、(連帯)保証人に無断で、担保を解除したばあいには、担保解除したことにより債権回収ができなくなったとしても、その分については、連帯保証人には請求出来ない(民法504条)。
債務者から、担保物件を売却し、債務弁済の申し出があったのに、債権者がそれを放置し、売却が遅れ、債務が増大したばあいには、その増大した債務については、連帯保証人に請求することはできないとすべきである。

c、主債務者の信用状態の悪化があったことを債権者が知ったばあいには、保証人にこれを通知する義務

 債権者が、主債務者の信用状態について調査して、悪化したことがわかったばあいにほは、その事実を通知し、以後の取引について連帯保証する意思があるかどうかを確認しなければならない。もし、これを怠った場合には、以後の取引から生じた債務については、連帯保証責任はないとすべきである。

B、義務違反の効果

 義務違反があれば、金融機関に対して、その損害を賠償請求できるが、説明義務違反があっただけで、直ちに、保証契約が否認されるものではない。よくあることだが、金融機関が、形だけだからと言って、保証人に保証契約に署名させたばあいなどは、保証人には、もともと保証の意思がなかったのだから、保証契約の成立を否認できる。主債務者のばあいは、融資契約の成立が否認されても、金利の支払い義務はなくなるが、融資金の元本の返還義務は残る。これに対し、保証契約では、保証契約の成立が否認されれば、保証人は、返済の義務はなくなるのだから、保証人にとって、保証契約が否認される意味は大きい。

B民訴法228条4項の廃止と連帯保証人の保護との関係
金融機関が、自主的に保証契約が成立していないことを認めてくれることはまずない。
 連帯保証の成否をめぐって裁判で決着をつけることになる。
本来は、保証契約の存在を主張するものが、契約の成立を立証しなければならない。
 ところが、民訴法228条4項では、本人または代理人の署名押印ある私文書は、本人の意思にもとづいたものと推定され、契約の成立は推定される。従って、保証書に本人の署名または押印があると、連帯保証契約を否認する例で反証をあげなければならないか。これは、第三者に印鑑を盗まれたとかそういう特殊なケースでない限り、連帯保証が否認されることはない。
連帯保証人を保護すべき実体法の義務とあわせ、裁判手続きでも、保証人が保護される仕組みに変えないかぎり、連帯保証の悲劇はなくならない。

C、系列保証会社への保証委託制度の廃止
 通常の連帯保証人は、無償であるが、有償の連帯保証人もある。保証会社による保証のばあいである。保証会社の保証も法的には通常の連帯保証と異ならないが、実際には主債務者のためというよりは、銀行の利益にかなうような役割を担っている。銀行が系列保証会社の保証を付けるのは、おもには3つの理由がある。
  1つは、銀行が、投資目的の融資は不良債権になるおそれが大きいと考え、その債権回収を原告に代行させるためである。競売などの手の汚れる仕事は、保証会社に代行させれば、銀行の手は汚れなくてすむというわけである。
  2つは、銀行が将来顧客との間でトラブルが生じたばあい、顧客とのトラブルを保証会社に肩代わりさせることができる。すなわち、顧客からのクレームがあっても、銀行は保証会社から代位弁済を受けているので、クレームは保証会社に言ってくれとクレーム処理を保証会社に押しつけることができる。
 他方、保証会社は顧客からクレームを言われても、銀行から代位弁済請求を受け代位弁済しただけであるからクレームがあれば銀行に言ってくれ取り合わない。 要するに、銀行がクレームから逃げる方便に使われている。
 3つは、不良債権隠しである。銀行は、融資金返済が延滞しても、保証会社に代位弁済請求して不良債権を保証会社に付替えることができる。もとより保証会社が代位弁済するための資金は銀行からの借入である。経済評論家は、これを「親からのミルクの補給」と評している。
 以上のとおり、保証会社との保証委託契約は、専ら銀行の利益のためであり、借りては高額な保証料を負担させられただけで、何らの利益も得ていない。主債務者にとって、このような百害あって一利なしの系列保証会社の保証委託制度は、廃止されるべきである。
以上